【前回の記事を読む】病死した直元に代わり、新たに世継ぎとなった井伊直弼。しかし家老は「若殿様の生活で気付きがあれば知らせよ」と何か思わせぶりで…

一 初出仕

「そういえば、麹町に的(まと)屋があったな。そこで、酒でも飲むか」

と誰かが言った。的屋は近頃評判の蕎麦屋で、酒も蕎麦も美味しかったが、何よりも蕎麦屋の娘おときが美人の上、気っぷがよく、歯切れのよい江戸弁で愛想よく客に接するのが人気の店である。

「うむ、それはいい」

と皆が賛同し、一同はその店の二階に上がった。やがておときが酒とあさりのつくだ煮と香の物を持って上がってきた。

「これは佃島から取り寄せたものでございますよ」

と、おときは注文もしていないのに勝手に酒の肴を持ってきた。

「蕎麦は酒が終わったころに持ってきてくれ」と誰かが言うと、おときは

「お侍さん、おそばを食べながらお酒を召し上がるのが、江戸では通というもんでございますよ」と笑いながら言う。「でも、ようございます、お酒が終わりましたころお蕎麦をお持ちいたしましょう」

おときが去ると勝野が言った。

「両殿様の小姓兼帯とはきついな」

「そうだな。上屋敷と中屋敷のかけもちだな」

と今村は言うと、しばらく盃を見つめていたが、

「それにしても、ご家老の最後の一言は何か引っかかるな。あれはどういう意味なんだろう」

すると、三浦もうなずきながらぼそっと言った。

「直弼様への間諜の役目をしろということか」

「殿様は、若殿直弼様がお嫌いだという噂があるくらいだからな」

今村が言うと、その後それぞれ知っているさまざまな噂を出し合った。しかしどれも噂の段階で、はっきりしたことはわからなかった。

大殿直亮は前藩主直中の二男であったが、直中が隠居すると、長男が病弱のために彼が家督を継ぎ、十五代藩主となった。

しかし直亮にはお世継ぎとなる男子が生まれなかったために、結局彼を含めて十五人いた兄弟の中から世継ぎを選ばざるを得なかった。直元は十五歳下の十番目に当たる弟だった。

十五人いた直中の男子は次々と他大名家へ養子として、あるいは井伊家家老の木俣家や中野家の養子として井伊家を出ていき、最後に末弟の政義が、直弼を飛び越して、延岡藩主内藤家の養子となって井伊家を出た後には、十四男で直亮とは二十一歳違いの直弼だけが残っていた。