中学校に入学する2週間ほど前に、幸三は父に連れられ町へ行き、学生服と学帽、ズック靴、そして斜めがけのテント地の白い学生カバンなどを買い揃えた。

これら制服類は、中学校が指定した生徒むけの専門店があり、教科書も含めてそこで一式を用意することになっていた。

新しい制服と新しい部活。幸三にとっては、未知の世界が日常になろうとしていた。幸三の家は、豊かではないが、それくらいの費用はなんとか工面できた。

父雅之は、満20歳で徴兵され満州に従軍し、戦況が悪化するとともに敗走を重ね25歳で終戦を迎えた。

帰国してからの1年間は、自宅で寝たきり同然の暮らしを余儀なくされた。誰かの手助けがなければ身動きさえもままならないほど、体も心も疲弊しきっていた。父は戦争について一度も語ろうとしたことはなかった。

兵士としての過酷な日々が夜ごと夢に甦るのだろうか。戦場という偽善のもと、人を殺してしまったかもしれない、あるいは戦友の死に際を目の当たりにしたのか。

時に夜中にうなされて、大声で得体の知れないうわ言を叫び、頭から布団を被り体を隠し、吹き出るような熱い汗を掻いていた。そのような時、美弥と幸三は耳を塞いで布団に潜り込み、時間をやり過ごすしかなかった。

雅之は優しい父で、生涯にわたって一度も叱られたことはなく、無口ではあったが必要な時には、声をかけてくれる存在であった。