【前回の記事を読む】薬の副作用で食欲が止まらない。冷蔵庫を開けては中を見て閉めて…を繰り返していた私に放った"母の一言"で笑った
第九部:再燃フラグは静かに立つ
安定している時ほど、人は油断する。
これは闘病に限らない。仕事でも、人間関係でも、だいたいそうだ。
私はその例外ではなかった。
退院から1か月。
生活は“新しい普通”になり始めていた。
減塩にも慣れた。散歩も習慣になった。
薬ケースの補充もルーティン化した。
闘病は、イベントから日常へ移行していた。
そのタイミングで、サインは出た。
朝の尿がいつもよりわずかに赤い。
「光のせいだろ」
そう自分の頭ではなく感情が処理した。人間の第1防御は否認だ。
コップに取って確認する勇気はなかった。見ないことで無かったことにする。
原始的だが強力な技だ。
体重も微妙に増えていた。
0.8キロ。誤差と言えば誤差。
だが私は知っている。水は、音もなく増える。足音はすぐ近くまで来ていた。
血圧も少し高い。散歩の距離を伸ばしたせいかもしれない。
睡眠が浅かったせいかもしれない。昨日ちょっとイライラしたせいかもしれない。
理由はいくらでも作って逃げ始める。だから怖い。
ログに書いた。
【怪しいが保留】
すぐに“悪化”と書かないようにした。言葉は、気持ちを引っ張るからだ。
3日続いた。尿の色が、うっすら変。
私は観念して外来を前倒しした。
電話予約の時、少し声が震えた。
「早めに診てもらえますか?」
受付は慣れていた。
「よくあります」
その言葉に、少し救われた。
診察前の採血。
「久しぶりに緊張してますね」
採血の看護師が言った。
「バレます?」
「手の力で分かります」
プロだ。
待ち時間が長い。
こういう日は、やたら長い。
私は闘病ログを読み返した。
良かった日の記録を読む。