【前回の記事を読む】自分に都合の悪いことを言われるとすぐキレちゃう人、必見! “あること”を極めれば、あなたも幸せになれる。中途半端に迎合せず…

第1章 悪意のない欺き――困ったちゃんとしてのコミュ障

STAP細胞事件はコミュ障の人が起こした?

とりあえず困ったちゃんとしてのコミュ障が起こしたと推測される、最近のトラブルから話を始めることにしよう。

例のSTAP細胞事件の中心人物が、まさにそれにあたる。もちろんコミュ障の人を、他人と会話するのに困難をおぼえる人と狭く定義してしまうと、そこからもれてしまうだろう。

だが『ネイチャー』という世界的な学術雑誌に論文が掲載され、ノーベル賞受賞級と評されたものの幻に終わったとされる発見の主こそ、コミュ障の典型と私は思うのだ。

記者会見で「STAP細胞はあります」と断言した女性である。

もっとも私自身、彼女に会ったことはない。関係者に知人は多いので、詳しい経緯は聞いている。

それにもとづいた、あくまで推測の域にとどまる。けれども、この推測はかなり確度が高いと思う。

結論からいうと、いちばん最初の記者会見のあと、マスコミは彼女をリケジョと散々持ち上げたけれど、実のところ研究者としての彼女の技能はさほどのものではなかった。

ただし、論文の発端となったSTAP現象を見出したといいだしたのは彼女に違いないし、周囲はそれを信じた。その信じ込ませ方に、卓越したものがあったのはまごうことのない真実である。

なぜそれが可能であったのか? 彼女自身が、STAP細胞の存在に露ほどの疑いもさしはさんでいなかったからである。

つまり彼女の瞳が澄み切っていた。だから研究所の誰もが、彼女の報告を信じた。

でも彼女の本当の技能は、さほどのものではなく、ふつうならSTAP現象を示唆する結果が得られても「私のような人間に可能な発見ではない」と報告を躊躇するところを、彼女はそういうためらいを感じることは微塵もなかった。

それどころか大発見だと認識した途端、信念の人と化し、その証明にいちずに向かった。

いったんこうと思い込むと、それに対する否定的な情報は一切、眼中から消え去る。それこそコミュ障の人の特徴の一つである。その情熱のひたむきさは魅惑的でさえある。

だからこそ周囲は、まんまと引っかかったのであった。

研究所の「STAP細胞の存在は証明できない」という最終報告に際し、「困惑している」という旨の彼女のコメントが発表されたが、あれはまさにウソ偽りのない彼女の心情だろう。

彼女には最初から最後まで、誰かを偽るつもりなど一片たりともなかったのだと私は思っている。