現代のベートーベンはコミュ障ではない

その点、彼女とまったく対照的な人物が、例の現代のベートーベンといえるだろう。彼は徹頭徹尾、周囲を騙す気満々の人物だった。

騙すとは、作為的に偽りの情報を相手に提供し、それを信じてもらうことで物事を自分に有利に運ぶという意味だ。それを成就させるためには、相手の心情を冷静に推測することが求められる。

彼は常に、自分がこういうふうに振る舞えば、向こうはこう反応するだろう。だからこういうふうに操作しようと、頭を使う人である。

つまり、コミュニケーションの達人であって、コミュ障の人とは対極的な存在といえる。

STAP細胞事件の彼女にとって、騒ぎを大きくした要因は、彼女の「発見」を発表するにあたって強力なサポーターが現れたことにあった。いくら彼女が自分の発見に執着したところで、技量がないのではふつうは自然と立ち消えになってしまう。

ところがプロデューサーが現れたのだ。プロデューサーは彼女が見出したと信じているいくつかの断片(ピース)がうまくはめ込める壮大なジグソーパズルをデザインできる有能な人材であった。

「こういうデータは得られないか」とか、「こういう図(写真)は用意できないか」と、テキパキと彼女に指示を出し始めた。

彼女はプロデューサーの構想のままに動く人となっていった。客観的に見れば、彼女の技能はたいしたものではない。往々にしてプロデューサーの要求は、彼女のキャパを超えるものであった。

しかし彼女はがんばったと思う。期待にこたえるべく、必死となった。自分でももう、何が何だかわからないくらいに努力したのだろう。そして論文は、ついに完成したのだ。

こういう過程を経ているものだから、なるほど完成した「成果物」の流れは、理路整然としているにもかかわらず、内実はつぎはぎだらけとなってしまった。

少しつつけばボロが出てくる。さらに不幸なことに、成果は「世紀の大発見」という反響を呼んでしまった。

もしこれが、「世紀」でない程度の発見といえるほどのものであったならば、どこにでもころがっているエピソードなのだが……。

こうしてごくありきたりの若いコミュ障の人の妄想が、日本中を騒がせる事件に発展したのである。

次回更新は6月9日(火)、7時の予定です。

 

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