第一部 基本編

1 主体の発生……物理世界から生命世界へ

生きるとは何か? 生きるとは、死のうとする何ものかを絶えず自分から突きはなすことだ。1

ニーチェ

グルコース勾配の中をさかのぼって泳いでいく細菌にとって糖には意味がある。意味のある事柄が宇宙の一部となったということだ。主体がこの世界に意味を導入したのだ! 主体は生命にとって欠かせないものである。2

S・A・カウフマン

生命の発生

生命はこの宇宙では稀で奇妙な存在である。このような存在の本質を考えるにあたっては発生の由来を考えることがどうしても必要になる。

だが、生命発生に関して生物学者が考える場合何が問題かというと、彼らは多くの場合「生命」というものをすでに前提としてしまっていてその本質には迫れていないことである。

通常、生物学者が生命の定義をする場合、いずれも物質的規定にとどまってしまうが、そこに生命の本質はない。生物学者や生命の謎に挑もうとする物理学者たちも物質にあくまで固執せざるを得ない。ここに彼らの限界がある。

ここで私が主張したいのは、生命の秘密に迫るには「主体」(agency, agent)という概念を導入する必要があるということである。

この「主体」という概念はAIの今後を予測する上でも極めて重要になる。

宇宙自体が新たな奇妙な存在を生み出した。その存在は物質の特性を取り込みながらも、物質にはない独自の特性を獲得した。

これは創発と呼ばれるものであり、その結果、この存在は物質を「超越する」ことになった。

つまり、あるものから、その反対のものが生じたのである。この存在の顕著な特性は、「認識」と「行動」である。この地球上では、それは「生命」として知られている。

この地上における生命の発生は地球ができて以来(約四十六億年前)現在までで最大の出来事だった。哲学的に言えば「主体」の発生である。

この発生はわれわれがなぜ存在するかの根幹をなしており、これがわかればわれわれは自分の本質をより良く知ることになり、この宇宙における自分の立場をさらに深く理解するようになるだろう。


1 『悦ばしき知識』(二十六節)

2 『WORLD BEYOND PHYSICS(生命はいかにして複雑系となったか)』

 

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