【前回記事を読む】姉に赤ちゃんが生まれた頃から、母の態度が急変…その姿は、典型的な「毒母」だった。ある時、私は祖母の家に連れていかれて……

遠い夢の向こうのママ 毒親の虐待と夫のDVを越えて

そうやって相変わらず家では喧嘩の毎日の中、学校ではとても楽しく過ごしていた。

親友もでき、学校はとても好きだった。

でも好きな科目、英語以外は成績が良くなかったので、高校はランクを下げ、私立の英語に特化した高校に進学することにした。

後から聞いた話だが、高校受験の時、受験勉強を全くしない私を見て、周りは「落ちるのではないか」とやきもきしていたらしい。

だが結果、受験では3位で合格し、高校の英語以外の科目は中学の復習のような内容だったため、英語に集中できたし、他の科目は勉強せずとも上位の成績を保つことができた。

高校では毎日英語の予習に励み、読書などで自分の部屋にこもり、相変わらず週末は山口家に泊まる日々だった。

学校ではアウトローで目立つ存在だったようだった。

授業のない学校行事の日には英語の勉強のために学校を休んでは、翌日先生から「昨日学校を休んだのは全校生徒でお前ひとりだ!」と怒鳴られたり、課外授業も「時間の無駄、自分で家で勉強している方がずっといい」と不参加の表明をすると「課外授業に参加しないのはお前ひとりだ!」とまた怒られたりしていた。

そして英語の授業は一日3時間くらいあったのだが、その日の英語の授業が全て終わると、保健室に行って熱があるとしょっちゅう早退したりしていた。

そのため先生に目をつけられ、なにかと怒られていたが、気にも留めていなかった。

家では部屋にひとりでいる時間だけが平穏な時間だった。

また、英語の団体の活動も頑張っていて、よく福岡や佐賀に行ったりして活発に動いていた。

学校の友達より英語の団体の友達の方が仲が良かった。

そして相変わらず学校の長期の休みは大阪のママの家で過ごしていた。

でも新田のお母さんとの喧嘩も相変わらずで、高校の学校帰り、毎日のように友達と繁華街をウロウロしたり、友達の家に行ったりして遊んでいたが、家に帰ると「あんたなんであんなところを歩いてたの!」と、顔を見るなり怒られることがよくあった。

なぜかお母さんの友達が私を見かけると、お母さんに電話で報告をするのだ。

だから私が家に着く前に私の居場所がバレているのだ。

ウザい、本当に面倒で仕方がなかった。

なぜそこまで干渉されなくてはいけないのか、放っておいてくれと言いたかった。

相手は私の顔を知っているが、私は相手を知らないので、逃げようもない。

たまらなく面倒で、どうしようもなかった。