ラジオも、千津の楽しみの世界となった。神棚の脇に置かれたラジオのスイッチに、踏み台に乗れば手が届くようになると、歌謡曲はもちろん、流れてくるアメリカ音楽にも興味を持つようになった。

大人たちが好んで聞いていた、落語や浪曲、講談も一緒に聞いているうちに、その内容が十分理解できなくても、何となく面白みが感じとれるようになってきた。

外仕事から、大人たちが家の中に戻ってくるまでの時間が、千津が一人で自由に過ごす至福の時間であった。

好きな本を読んでその話の中に没入し、空想の輪を広げた。音楽を聴いてその空間に漂い、時には音に合わせて無手勝流にダンスを踊った。

大家族の中で暮らし、遠慮会釈ない仕事に疲れた家族の素の言葉が飛び交う中で、ゆったりと好きな世界に浸っていられることが、彼女には心地よかったのである。

「もはや戦後ではない」

海鳴りの音が、町なかまで届かなくなったのは、いつからだろう。周辺の町村が合併して、つくも市と変わった頃だろうか。

市制の発足を祝い、小学生が動員され、町中で盛大にパレードが行われた。

大通り商店街には有線放送が設置され、日中、「新雪」や「鈴懸の径」などの歌謡曲が流れていた。自動車の往来が増えてきて、町全体が、大きな騒音のうねりを出すようになってきていた。

「もはや戦後ではない」と言われるようになり、地方にも、「神武景気」と呼ばれる経済成長の波が及んで、冷蔵庫や洗濯機等、電化製品が徐々に普及し始め、人々の暮らしにも、変化が見られるようになっていた。

 

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