元暦元年(一一八四年)
旧暦二月二十五日 二十六歳
山城国/平安京 朱雀大路
春たけなわの京の都で、大内裏へ向かう朱雀大路の両脇は人々で溢れ返っていた。京者ばかりではない、遠く近江や奈良から来た者もおり、又、民百姓ばかりではなく、烏帽子や市女笠(いちめがさ)の貴族、その乗る牛車も、そこここに混じっていた。皆これから来る、戦勝軍の大行列を見る期待と興奮に沸き返っているのだ。
やがて陽の位置が真上を過ぎ、路上に少し小蔭が見え始めた頃、絹屋町の大炊(おおい)殿邸で今宵催される、今様歌合せの為の申し送りを終えて、小袖姿の白拍子の一行が御所前に差し掛かった。
朱雀門前の黒山の群衆のどよめきや女子供の嬌声に飲み込まれながら、一行が大路の向こうを見透かすと、楽人の横笛の音とともに華やかな騎馬の武者行列がこちらに近づいてくるのが見えた。
戦場を全速力で駆け、敵と切り結び、血と汗と泥にまみれて戦う男たちが今、一転して逞しい躰に美しい戦装束を纏い、一足毎の雅味のある歩様(ほよう)で馬を進めるその姿は、ため息の出るほどの男振りであった。
歴戦の武者がその眩いばかりの隆々たる四肢と武勇に今やっと休息を許し、総身を寛げ馬背に任す、弛緩に見えつも片手綱と腰には一脈の構えがある。女達は、その武人の解(ほど)け切らぬ寛ぎの風情に渋味と色香を見て、うっとりとした。
行列はゆっくりと進み、露払いの後に最初の武者の姿が白拍子の目の前を通り過ぎていく。
その装束は、赤地の錦の直垂に紫裾濃(むらさきすそご)の鎧着て、鍬形を打った兜の緒を締め黄金作りの太刀を佩き、切斑(きりふ)の矢を負い滋藤(しげどう)の弓の真ん中取って、見事な青毛の馬に跨っていた。色白で、柄の小さなまだ若い男であったが、その威風は辺りを払い、大将であるのは明らかであった。
その人は厳しく前を向いていたが、ふと頭を巡らせ左右の群衆にゆっくりと目を当てた刹那、柔らかなその目に何とも云えぬ、慈しむような男らしい優しみが宿っているのを見て、若い白拍子の一人ははっと胸を突かれた。貴人でありながら民草に心を留める、通念には無い姿に新鮮な何かを感じ取ったようだった。
(このお方は、もしや凡下(ぼんげ)の心がお分かりになるのでは)