さて話を戻そう。ハイドンやモーツァルトなどで確立した交響曲はベートーヴェン、シューベルト、メンデルスゾーン、シューマンさらにブラームスに至るまで例外はあるものの基本的に二管編成だった。

ブルックナーでさえ八番と九番のみが三管編成で、残りは二管編成だ。ただブルックナーの場合はヴァーグナーチューバの使用等の問題もあり、同じ二管編成、三管編成でもやや特殊だ。

いずれにせよマーラーに至るまで、交響曲は基本的に二管編成を伝統的に重んじていた、と言えるだろう。

ところがブラームスの第四交響曲と時代的にはさほど差のないマーラーの第一番交響曲は、のっけから四管編成だ。このことに関してエヴィデンスはないものの、ある仮説を立てると面白い。

すなわち演奏活動の初期からヴァーグナーのオペラ指揮を手がけていたマーラーは「台本のある交響曲作曲家」を自任していたヴァーグナーを範に、自らの処女交響曲の編成を大きくしたのだと考えることは面白い。

なにしろヴァーグナーのオペラは前述のように手狭なオーケストラピットに、大編成のオーケストラを詰め込む荒技を実践したのだから。

ただし残念ながら第一番交響曲の編成が四管だったのは、当初マーラーは交響詩として構想したことの方が主因だろう。マーラーと交響詩に関しては第二章でも触れたい。

 

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