【前回の記事を読む】「お父さんはおかしい」そう言われても譲らなかった父親が、高校生の子どもたちに伝えた厳しい一言とは

第1部 親の終活編

1.親の終活は最後の付き合い

2 親は自立を望む

今思い出してみると、私の父親が私の意見を受け入れてくれたのは、35年間で数回あるかないかです。

その場合も、私の意見を受け入れたというよりも、父親の考えとほぼ同じだっただけです。つまり、父親の考えに反して、私の意見を取り入れてくれたことは一度もありませんでした。

私はきちんと時間をかけて話せば、親だからいつかわかってくれると考えていました。しかしいろいろ試した結果、父親を説得することは子供にはできないということがわかりました。

養老孟司さんが『バカの壁』という本を書き、見えない壁が世の中にはあると言っていましたが、実は子供にとって身近で一番高い壁は「親の壁」なのです。これを理解しないと判断を間違えます。

大学の卒業前に父親は私を事務所に勧誘するためにいくつかの提案をしてきました。一つ目は、親が子に必ず言う「戻れば、おまえの好きなようにさせる」です。

これについては、私の努力次第ですからすぐにできるとはまったく思っていませんでしたが、父親がある程度の年齢になって、自分の実力が伴って、その時期が来たら引退してもらおうと考えていました。

なぜなら、世代によってやり方がまったく違うだろうと考えたからです。二つ目は、父親の事務所に入り、両親が気に入っている彼女と結婚すれば新築の家をやると言われました。

別に最初から一軒家に住むことは望んでいませんでしたし、自分が頑張って家を建てればよいと考えていましたが、彼女が喜んだのでしかたなく了解しました。

三つ目は、私が就職したいと思っていた企業並みの給料を払うということでした。これについては当たり前のことです。

別に親の事務所に入ったから多く給料を欲しいとは思っていませんでしたし、自分の能力を高め、それなりの仕事をすれば結局その仕事に見合った給料になるだろうと考えていました。

私から父親には、私が入るとしても特別な配慮は一切いらないこと、他の税理士の子供のように甘くする必要はないことなどを伝えました。

しかし、この三つとも父親がきちんと実行することはありませんでした。まず就職する時に提示された給料は、実際に事務所に入ると半額になりました。