【前回の記事を読む】【親の終活】自分事として考えてみませんか? 好きなものを食べ、好きなことをして過ごす残りの人生

第1部 親の終活編

1.親の終活は最後の付き合い

1 老いても親は子には従わない

40年ほど前、団地の一軒家に住んでいた私にとっては、親と一緒にビルを建てる必要はなかったのですが、何度も木造の家を建て直す親を見て、ビルにする方が親にとってよりプラスになると考え、ビルの建築を提案しました。

しかし親は予算がなくできないというので一緒に参画することにしました。給料は安かったけど、住んでいる家の家賃収入があるから何とかなるだろう、借入は住宅金融公庫と厚生年金からの低利融資で、何とか給料で払えるだろうと考えたのです。

最初は土地の狭さから理想的な広さの家と駐車場が取れないので、もう少し広い土地へ移転して建てることを提案しました。

しかし一蹴されました。その理由は「人間一人一畳あれば足りる。そんな大きなビルを建てても、満州ではすべて中国に取り上げられた。ここでもいつ何があるかわからない」という戦後生まれの私には理解できない理由を言います。

今はその意味がわかります。意味は簡単で「したくない」ということです。親の言葉はこういうふうに訳さないと真意はわかりません。なにせ親の方が間違いなく長く生きているので言葉は巧みなのです。

仕方がないので、少し狭いのですが、今の場所へそのまま建てることにしました。それぞれが建てる部分、つまり1階のオフィスと2階の親の自宅は親が設計を、3階の私の自宅は当時の妻が設計をすることにしました。

ところが、しばらくすると父親が2階に縁側を作りたいのだが、お前が厚生年金の融資を使うと審査が通らないので作れない。そこで厚生年金の融資を使うなと言ってきました。「え、私の支払いが増えるよ」と言い返すと、「知らん」と返されました。

この辺りで父親の考え方がわかればよかったのですが、父親の考えが利己的であるとはどうしても考えることができなかったのです。それまでも私を厳しく鍛えていると考えていました。

2 親は自立を望む

今の若い親子は友達親子が多いといいます。その是非は別として、私たちの時代の親は子供に厳しく自立と成長を求めました。そういう教育を受けた私も同じで、子供が高校生になった時のお祝いの席で、「高校を卒業する時は、大学でも就職でもとにかく一度は県外に出てください。自宅はダメです」と子供たちに話しました。