【前回記事を読む】母を火葬した。骨壺を抱えて帰宅したとき、家は静まり返っていた。母の部屋に骨壺を置き「しばらくはここで一緒に暮らそう」と伝えた。
第十五章 再生
日記には、認知症と診断されてからの記述もあった。
字は乱れていたが、母は最後まで日記を書こうとしていた。
「最近、物忘れがひどくなった。何かを忘れるたびに、自分が自分でなくなっていくような気がする」
「恵美に迷惑をかけている。申し訳ない。でも、恵美は優しく接してくれる。ありがたい」
「今日、恵美と北海道に行った。ラベンダーがきれいだった。この思い出は、絶対に忘れたくない」
母の想いが、文字になって残っていた。
最後のページには、こう書かれていた。
「恵美へ。もし私が何もかも忘れてしまっても、あなたを愛していることだけは忘れないと思う。あなたは私の宝物。あなたを産んで、本当によかった。ありがとう。お母さんより」
私は声を上げて泣いた。
母は最後まで、私のことを想ってくれていた。最後まで、私を愛してくれていた。
「お母さん、ありがとう」
私は日記を胸に抱いて、何度もそう呟いた。
第十六章 記憶を受け継ぐ
母の遺品整理を終えた私は、ある決心をした。母の人生を、本にまとめよう。
録音していた母の語りと、日記と、写真。それらを組み合わせて、母の自叙伝を作ろう。
生前に約束したことだった。母の人生を本にして、一緒に読もうと言っていた。母が亡くなった今、一緒に読むことはできない。でも、約束は果たしたかった。私は毎晩、仕事から帰ると、パソコンに向かった。
母の言葉を文字に起こし、日記の内容を組み込み、写真を配置した。
母の子供時代、学生時代、就職、結婚、出産、子育て。そして、認知症との闘い。
書いていると、母と対話しているような気持ちになった。母の声が聞こえてくるような気がした。
「恵美、ありがとうね」
「お母さん、こちらこそありがとう」
私は画面に向かって、そう呟いた。
本が完成したのは、母の一周忌を前にした頃だった。
表紙には、北海道旅行で撮った母の写真を使った。ラベンダー畑を背景に、満面の笑みを浮かべている母。あの旅行で一番輝いていた瞬間だ。
タイトルは、「記憶のなかで生きる杉山悦子の人生」とした。
私家版として、少部数だけ印刷した。親族に配るためと、自分の手元に置いておくためだ。
本を手に取ったとき、不思議な感覚があった。母の人生が、こうして形になって残っている。母は亡くなったけれど、この本の中で生き続けている。
「お母さん、できたよ」
私は仏壇に向かって、本を見せた。
「約束、果たしたよ。一緒に読むことはできなかったけど、でも、ちゃんと本にしたよ」遺影の中の母は、優しく微笑んでいた。