【前回記事を読む】延命医療を望まなければ、その思いが尊重される時代となった——だが、現実は思い通りにならない。老人になると認知症などの影響で…

第1章 思い出された夫婦愛(藤崎 誠から)

伊吹は地域の医師会の責任者でもあった頃に、ACPも人生会議もわかりにくいので、次のような発言をしたことがある。

「自分の大切なものを見つける会議です。そしてその時の話し合いのメンバーにできるだけ医療と介護と制度に詳しい方も入れば最高です」と話したことがある。

伊吹は、本人が、普段からどのように最期までを生きていきたいのか、周りで支える人と共有でき、最期まで在宅で過ごしたいという思いがあるなら、それが在宅マインドであると考えている。

藤崎家に在宅マインドはあるのか? 本人はいつでも家が一番と言い、妻の言葉は、うるさいと言って聞こうとしてこなかった。これが在宅マインドと言えるのか? ACPと言えるのか?

伊吹は本人を中心にした医療と患者自身の生き方を大事にする医療は違うと考えている。伊吹の考えでは、藤崎誠は、自分の意識がしっかりしている間は自分の思い通りやりたいと思っているであろうが、その時に同居する妻の気持ちなど考えていなかった。

妻も話そうとせず、いやいや従っていた。逆に言えば、彼の意識がまだらになれば、藤崎誠の考えは空っぽになっているのであろう。

その時はきっと菜穂子の好きなように任せても何も言わないつもり(もちろん言えない状態だが)であろう。その時こそ妻の本音が出て、二人の大切なものが見えてくるのだろう。

伊吹はこのような夫婦と出会うと、次のように考えている。

1、ここには在宅マインドはない。

2、蘇生希望なし(DNAR)かどうかだけ客観的に見える形にしておこう。

3、もしもの時の意思代理決定者を決めておこう。

藤崎誠本人の結論は、簡潔で揺るがない。全ての聞きたいことに答えていた。

──蘇生は望まない(DNAR)。──栄養の点滴や在宅での抗生剤は可。ただし入院は避けたい。──胃瘻(ろう)・経鼻栄養・IVHは望まない。──人工呼吸器は装着しない。

そして続けた。妻しかいないんだから、自分が喋れなかったら妻に任せるよ。

最近はこんな言葉の表をつくりチェックを入れることで、分類していく方法もある。それが意思決定支援のために最もいいと思っている医療人も少なからずいる。