【前回記事を読む】在宅医療を選択した夫が「入院はしない。人工呼吸器も着けない。」と言っていた。「ただ、俺には妻しかいないから、喋れなかったら…」
第1章 思い出された夫婦愛(藤崎 誠から)
藤崎誠は、数日後、発熱が始まった。真鍋紗季は往診の際に菜穂子に問いかけた。「吸引、できていますか?」「やっていますが……私、下手みたいで」菜穂子は正直だ。「抗菌薬と点滴を追加します。訪問看護と相談してください」
その二日後、訪問看護から連絡。「奥様が吸引に限界を感じ、入院を希望」——デイの後、微熱。
真鍋紗季はためらわずに判断した。「このまま中途半端に在宅で点滴を続けるより、病院で方針を整えましょう。紹介状を書きます」救急搬送。
受け入れは山長病院、療養型の病棟。真鍋から直接連絡を受けた伊吹は、本人は同意したのか?と尋ねた。すると、すぐに「はい」という言葉が返ってきた。
やっぱり藤崎誠は、在宅マインドではなく自分中心が良かったのである。もうダメという思いの時は妻に任すのだ。それで良かったのだ。
チェックをつけていたら大混乱だろうなと思いながら、「それなら良かったですね。こちらも安心できますね」と返した。
その夜、医療SNSに記録が流れる。読みながら、伊吹は安堵を覚えた。本人のうなずき、妻の合意。──だが、数時間後、真鍋紗季からメッセージが届く。
『先生、これでよかったのでしょうか。私が強く押してしまって、藤崎さんの「家で静かに」という気持ちを曲げたのではないかと……』
伊吹は画面を見つめる。つい言い訳を強く発し自分の正当性を訴えたい時に、迷いを口にする若い医師。
それは在宅の現場で一番貴重な才能だ。伊吹は答えた。
「先生、これが一番良かったんですよ。奥さんは限界だったし、本人中心で進める医療が家族を地獄に落とすこともあるし、入院して戻れるかどうかわからないが、奥様が本当に自分を取り戻す期間になるかもしれないな。真鍋先生は、本当に医学的判断で、入院医療がベストと判断してそれ以外のブレがなかったから、本人も奥さんも入院を選んだと思うよ。良かったね」。
伊吹自身は、在宅でも点滴で抗生物質を入れることはできるし、在宅マインドのためなら全てを投げ打ってでも遂げてあげたいと思う。
このケースも医療の特別指示で、がんばれというのが通常の伊吹ではないのかとふと思った。しかし今回は、本当の在宅マインドがない、本人だけが家でと言う人にも、結局同じことを家庭に押し付けていたのではないかなと今までの自分を反省した。