【前回記事を読む】“在宅医療”を行う医者の考え方とは——「どこでどのように住まい、逝かれても構いません。自分に満足感を持って逝けるために…」
第2章 置き忘れた思いを探して(下川和子から)
その後、安定した訪問診療が続いた。伊吹は下川和子と北川鈴子に伝えた。
「実は私も若くはなく、少し病気を抱えています。安定状態の患者さんは真鍋先生に任せています。とても落ち着いておられますし、情報は医療用SNSで私にも共有されていますのでご安心ください。何かあればいつでも伺います」
二人はうなずいた。話が次に出てこないときは、望んだ形になっていないこともある─伊吹はそう感じつつ、そのままにした。
以降も、訪問診療の所見と訪問看護の報告がSNSで共有された。
腫瘍増大と創部の悪臭の報告があり、伊吹はちょうどよい機会と思い真鍋医師に話しかけた。
「どうですか、下川和子さんの状態は。SNSで腫瘍の増大と悪臭の看護報告がありました。おそらく嫌気性菌による異臭であろうと考えています。ゲル状の外用薬を試してみますか。そろそろ腫瘍は皮膚側だけでなく、肋骨の病的骨折を越えて胸膜に来ているかもしれない。痛がっていませんか?」
真鍋は、ほっとした顔になって言った。伊吹と一緒にいる時には、なぜか落ち着くのである。
「私には何も言ってくれません。『痛いですか?』と聞いても『痛くないです』とだけ。娘さんに様子を聞いても“知りません”という感じなんです。訪問看護では下沢さんと三浦さんにしか心を開いていないようですよ」
「えっ、そうですか?」
悪臭に対するゲル状の外用薬の効果はてき面であった。すぐに悪臭はなくなったようである。
わずか二日の報告の間に、何か大きな違和感を伊吹は感じた。娘が母親の介護に疲れていることだけは確かだな、と思われた。

