カルテ抜粋
11/15 デイから帰宅時に歩行不安定。体温38.1℃。SpO2 89〜92%。
本人同意・妻同意のうえ救急搬送、山長病院へ。
これですんなり終わることはないだろうなと伊吹には思えた。
十日あまり経過して、「つながる訪問看護ステーション」の管理者でもある三浦芳江から電話が入る。「奥様が、痩せていく夫を見て“連れて帰りたい”と」
病棟では、絶食・点滴。経鼻チューブの提案。必要時の抑制。枕元で説明を受けながら、菜穂子は夫の表情の変化を感じ取った。「嫌だ」と、目だけが言っていた、と。
「奥様は吸引を学び直すと言っています。私は、やれると思います」三浦の声は静かだ。
「治す段階ではないとしても、満足に近づく道です」「真鍋先生には僕から伝える。彼女は病院至上主義じゃない。家に帰そう」。
三浦看護師は、冷静に常に全体を見つめるタイプの看護師である。時々感情を目に見せることもあるが、言葉で示すことは少ない。しかし行動は的確迅速である。
以前にパーキンソン病患者で在宅マインド満タンという患者に、栄養確保の問題で、病院側が、胃瘻増設は困難だから、鎖骨下静脈にポートを入れて中心静脈栄養に切り替えてはと提案された時に、在宅医療でできる範囲だけでなく、パーキンソン病の投薬に関して注射による方法は極めて限られているので、最大限胃瘻増設で検討をと外科医に直談判して、実際に病院の方針を変更させた経験もある。その行動力と冷静な態度に驚いたことがあった。
その三浦看護師が、このように発言することは間違いないことだろうと伊吹は確信した。伊吹の胸に何かが通りすぎたように感じた。
病棟での説明は次のようであった。
絶食。点滴。経鼻チューブの提案があったらしい。そのチューブが外れないように栄養注入時の必要最小限の抑制の提案もあった。藤崎誠の枕元で次々と説明を受けながら、菜穂子はただ黙ってうなずいていた。しかしその時、夫の表情が、ほんのわずか強張るのを見た。
誠は何も言わなかった。言えなかったのかはわからないが、けれど目だけが、あの目だけが、菜穂子にはっきりと何かを訴えていた。
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パーキンソン病が、優しかった夫を奪っていった…冷たい目つき、突き放すような態度。妻を「こいつ」と呼び、罵るように……
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