【前回記事を読む】聴診器を当てると、吐く息に合わせて聞こえる“痰が落ちる音”——「血圧は99/68、脈拍88、体温36.9℃…」医師が導き出した病名は…
第1章 思い出された夫婦愛(藤崎 誠から)
一方、菜穂子は感じていた。自分が口腔ケアをして喀痰吸引を覚えて夫である藤崎誠の世話をせよと言われているのかしら。
それができないから訪問看護ステーションに入ってもらっているのになぜこのように言われるのかしら。
自分の負担が増大するならとてもみられない。入院してもらったほうがいいと心の中で思った。それが本音というものである。
香山房子同行看護師に吸引と口腔ケアをしてもらいながら、伊吹は菜穂子の目の高さで短く説明した。
「口腔ケアと吸引は、なかなか大変で少し技術も要りますので、家庭での奥様のすることと看護や介護福祉士さんとで負担を分けましょう。そのためには、看護の回数も増やせるかですね。具体的にはケアマネジャーと相談してください」
伊吹はこう言ったが、具体的にはどうなるのか、自分ではどの職種がどれくらいの頻度で入るのかはわからない。
制度も医療で入るとか介護で入るとか理解できないことも多く、また費用の問題もあり、医師が決められるものではないと考えている。
一旦そう思うと不思議と理解の進歩はなくなり、ケアマネジャーに任せればそれでいいということで、言わば進歩が止まったのかもしれない。
一方コメディカルと言われている、医師以外の多職種の立場からは、医師に増やせたらと言われたプレッシャーは強く感じるものらしい。
ケアマネジャーの信念の強い人たちから、介護を軽視して医療を優先する先生とレッテルを貼られてしまうこともあるので、言い過ぎには注意しなければいけない。
しかしいつもほとんどの場合はなんとかしてくれている。特に藤崎誠の場合は、妻への教育と頻回の吸引がなければ命に直結する。
連携という言葉があるが、在宅医療では医療と介護の連携はとても大事な言葉として受け止められている。伊吹は念のため次の言葉を発した。
ケアマネジャーはどなたでしたか? 「つながるさんの斉藤さんです」と菜穂子は答えた。
つながるとは、正式には「つながるケアステーション」と言い、「つながる訪問看護ステーション」と「つながるケアマネジャーステーション」などを併せ持つ総合事業体の呼称である。
伊吹はその実質のオーナーをしている。ケアマネジャーの斉藤佳津子(かづこ)は伊吹のお気に入りで、もう任せればいいと改めて確信して思考はそこで止まった。