静香と話していた通り、店の売り上げは芳(かんば)しくない。時代はフィルム式のカメラからデジカメとなり、今ではスマホがカメラの代わりとなっている。

スマホでの撮影は生活にすっかり溶け込んでいるものの、撮った画像は画面で見るだけで印画紙に残すという習慣はだんだん薄れてきている。

子供のお宮参りや七五三、成人式の記念写真は今でも習慣として残っているものの、大手の写真スタジオが衣装とセットのサービスで客を囲い込んでいた。

間宮寫眞館のような小さな店では、ほとんど衣装もないし、そもそも着付けを行っていない。証明写真も自動証明写真機に客を奪われ、生活に必要な売り上げを維持するのも覚束(おぼつか)ない状況であった。

旭町小学校のような得意先に支えられている面はあるが、こちらもデジタル化の波が押し寄せていて決して安泰ではなかった。もちろん、亮介が店を引き継いでから、撮影はデジタルカメラに切り替えていた。

お客様がアナログ撮影を指定する場合だけ、父から受け継いだカメラを使う。デジタルカメラの写真のほうが色も鮮やかでシャープな画像になるが、アナログ独特の雰囲気を好む客もゼロではなかった。

アナログの場合、写真原板の保存が必要だが、その管理も大変だ。

撮影年と名前で原板が整理されているが、湿度と温度の管理をきちんと行わないと劣化する。

店の奥が保管庫になっていて、間宮寫眞館ではほぼ創業からの原板を保管していた。

もし、店をたたむとなれば、この原板をどう処分するかが問題となる。中には資料として貴重な写真もあるので、それらを集めて市の図書館に寄贈することも考えるが、膨大な量で気が遠くなるような作業だ。

80年という歳月はそれなりの重みがあると亮介は感じていた。