【前回記事を読む】狭き門である製薬会社に念願かなって入社。しかし配属ガチャは失敗。新人が10年以上入っていない動物薬部門へ。俺は院卒なのに…

定年後の挑戦、試行錯誤、そして〝生抜力®〟へ

1 新宿の自然児が医者を目指すも挫折、研究者として
第一希望の製薬会社に入社するも……(さらなる挫折か?)

・動物用ジョサマイシン(鶏)(動物用医薬品)

 

鶏のマイコプラズマ病予防薬の開発の際は、1ヶ月間鶏舎を借り切り臨床試験を実施した。鶏舎に入ると見慣れぬ私に鶏は声を出し暴れ出し、鶏舎中に羽と埃が舞い上がっていた。そんな羽と埃が舞う鶏糞の臭いの中で、私は1ヶ月間翼下静脈からの採血に悪戦苦闘していたのだった。

毎日、呼吸器性マイコプラズマ病の症状として個体ごとに鼻を押して鼻汁・流涙・異常呼吸音の確認をし、1ヶ月間の鶏舎での臨床試験を終えた。そのころにはニワトリたちの顔の識別ができるほどになっていたのだった。

花形とは言えない弱小部署だからこそ、主流である「人体薬の部署」ではとうてい新人が任されることのないような業務を任されるチャンスを得た。

新人がたった一人で他部門との膝詰談判も経験し、入社一年目にして多方面の面々と知り合うことができた。

やがて、新薬製造承認の目処がたつと、製品パッケージについて広報部との打ち合わせや、パンフレット作製など発売準備に向けた仕事に携わることができた。新製品の企画立案・開発・発売の業務を通して、入社三年目で一通りの商品開発の流れを知ることができたのは、弱小部署所属であったからこそ。

その後動物薬部署から異動となりライセンス部、そして花形部署である開発部へと移ることになったが、入社当初の一つ一つが自分の経験値となって積み重なり、失敗したときのリカバリー力も徐々に身についていった。

同じ失敗でも、「リスク管理を最大限に行いチャレンジした結果、運悪く失敗した」と説明することで周囲の理解を得て、チャレンジすることを楽しみ、自分のレベルを上げていったのだった。

この経験は、その後、大きな組織の中で細分化された業務を行う処方薬の開発部門に異動となった際、俯瞰的に見ることができ、大いに役にたつことになった。