2 定年後人生設計
準備その壱(20歳代、30歳代、40歳代、50歳、51歳)
20歳代、30歳代など、自分が定年を迎えることなど想像もできない時期であるゆえ、当時は定年後のライフプランの準備段階などとは考えてもいなかったわけだが、仕事に忙殺されながらも、体力に任せて、興味に任せて、欲望に任せて、精力的に動き回っていた時期であった。
当時の活動は以下のようになる。
クルーザーメイト
陶芸
動物写真撮影(水中・ケニア・南極・北極)
MBA取得
・クルーザーメイト
クルーザーに乗っていた、というと、さすがバブル世代、と言われてしまうのだが、オーナーにクルーとして誘われて、五輪チームのコーチの指導を受けてクルーザーレースに出たのは、今考えるとラッキーとしか言いようがない体験だろう。
風を読み、潮を読み、役割分担をこなす。大海原での小さなヨットは一瞬のミスで進路を外してしまう。天候予報情報を持っていても局地的前線通過などは観天望気しかないと気づき、自然の手ごわさを体感した。
加えてクルーザーのお陰で船酔いのしない身体になった。
・陶芸
大学時代の焼き物クラブから始まった陶芸は、就職後いったん離れたものの、40代で近くの陶芸教室で作陶を再開した。
轆轤(ろくろ)で作品を作るようになると、薄く薄く作る方が技術レベルが高そうに思え、何度も指で上下させて薄く作ろうと没頭した。だがいかに薄く仕上げようとも今度は作品に勢いがなくなってしまったり、焼成すると熱で作品がへたってしまうなど、なかなか手ごわく、より没頭するようになる。
還元炎と酸化炎が入り混じった釉薬(ゆうやく)の窯変(焼成した陶磁器が予期しない釉色や釉相を呈したり、器形が変形したりすること)に魅せられ、自宅に窯を購入しようとまでエスカレートしたほどであったが、それは素人の域を逸した道楽であると自粛、 今では好きな作家の作品を買い求め、日常の食卓で料理とともに楽しんでいる。
和食の天才の北大路魯山人氏は「器は料理の着物」と表現した。
実際に陶芸をやっていた時はさして料理に興味はなく、また自分が料理を作ることなど考えていなかったのだが、今では器も料理も楽しむように変化した。
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