独り言のようにつぶやいて、出て行ってしまった。ルリエは、ただもう恐ろしくて口もきけずに震えていた。ベルガーの毒ヘビのような目つきと、自分に浴びせられた罵声が思い出され、ひどい頭痛がしてくる。
「顔色がよくないわ。先生がうまく取り計らってくださるから、心配しないで寝なさい」
看護師は、青ざめた顔をしているルリエの手を取って寝かせてやった。
「早く家へ帰りたい。お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、ポチ、ミーコ、すずちゃん……」
ルリエの目に涙が浮かんでいる。
「ええ、病気が治ったら、すぐに帰れるわ。でも、お父さんやお母さんのことは誰にも言っちゃだめよ。特に保安警察のベルガー中尉にはね。全員逮捕されて、収容所へ入れられてしまうわ。ベルガーはマヤタ人を捕まえて、収容所へ送るのを生き甲斐にしているような男よ。
もし、あなたのほかにまだマヤタ人がどこかに隠れていることを突き止めれば、あなたをおとりにしてでも、しつこく追いかけるやつよ。とにかく、わたしに任せておいて。悪いようにはしないわ」
看護師はルリエの手を握って、軽く肩を叩いた。
「でも、わたしはマヤタ人じゃない。日本人よ」
「ええ、そうだったわね。だけど、ベルガーにとって、あなたが日本人かどうかなんて問題じゃないのよ。一度マヤタ人と疑ったら、白を黒にしてでも収容所送りにする男なのよ」
「そんなひどい! わたしは絶対に日本人よ。マヤタなんて聞いたこともない」
ルリエは唇をかんで、うつむいてしまった。
「わたしは、あなたを日本人と信じるわ。しかし……」
そう言ったまま、看護師も黙り込んだ。
「ねえ、何でマヤタ人は、そんなに憎まれているの。どうして、エメラルドを破滅に導く悪魔の手先なの?」
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