政府による業界再編期に生き残りをかけて働いた、その自分を押さえつけて脳髄を怠惰のままにさせていたのはなにか、教師になる志望さえ忘れさせるほどに稼ぐことを強いていたのはなにか、それらを明らかにすることで、陰ながら社員を含む一族郎党に対する自分の責務を果たすしかない…。

バスは大鳴門橋を渡り十一時十分に高速バス鳴門駅に着く。下車して高速道路から地上へ降り、JR鳴門線・鳴門駅へ向けて歩く。駅で板東駅までの切符を買い、発車時刻を確認して、うどん店で昼食にした。浄土『お四国』に入ったのだが、どこか遠くへ来てしまったというより、懐かしいところへ戻って来たという既視感の方が大きい。

鳴門線は短く、十三時過ぎに駅を出て終点池谷駅へ十三時半には着く。一番札所のある高徳線の板東駅はここから一駅だが、乗継ぎが悪く、小一時間待って乗った列車は肩をゆすりながら走り、私はバックパックで立って、異邦人を見るかのような同乗者たちの眼差しを受け、外国にいるかのようにそれを愉しんだ。

十四時半に板東駅に着く。板東駅は無人駅で、駅舎の外に遍路案内板があり、それにしたがって第一番霊山寺(りょうぜんじ)に至る。

山門から入山すると、そこは溢れんばかりの人でごった返している。売店で弘法大師の宝号を背に墨書きした上白衣、輪袈裟、金剛杖、菅笠を勧められるままに買う。これが遍路の正装で、さらに納経帳と判衣、経本、線香、灯明、納め札、数珠を買い、これも買ったサンヤ袋(頭陀袋)にそれらの参拝用品を収める。