貞義は寒川の方を見て念を押すように言った。

「俺、見ました、お寺の近くの田圃の中に、真っ赤なパラソルが見えました。はっきり覚えています。水上飛行機を珍しがって見ているなんて、国民学校の小さな女の子がはしゃいでいるのかと思いました」

寒川は話題が自分の方に向いたのが嬉しかったのか、声が弾んでいた。

「なるほど、飛行機から見ると確かに小さな女の子だ」

貞義が言うと、三人は爆笑した。

奈津は横浜の叔母喜子が持たせてくれた風呂敷包みを待合室の木机の上に広げた。茶色い竹皮を開けると、きな粉をまぶした大きなおはぎ餅が八個包まれていた。

「横浜の叔母が持たせてくれました。昨日叔母と私とで作ったものです。お昼まだだったら食べてください。私もまだなんです」

「特大のおはぎ餅だな。郷里でしかお目にかかれない。寒川お前も食べろ。あんこは中に入っている。懐かしいな」

二人とも昼食はまだだった。霞ヶ浦を飛び立つ前に朝食をとったが、着任しての報告や挨拶で昼食の暇はなかったらしかった。

寒川が待合室の片隅からヤカンに入ったお茶と湯呑を持ってきた。

三人でおはぎ餅を食べた。あんこは甘く、まぶしたきな粉が香ばしかった。一個目を食べ終わると、三人とも口の周りにきな粉をつけていた。

奈津はお茶で喉を潤し、口元を右手で隠してそっと口の周りのきな粉を舌で舐め取った。その間に貞義と寒川は二つ目を頬ばっていた。

ふと見ると背中に幼児を背負った若い女も、夫と思われる人と長机に座っていた。机の上には黒塗りの重箱が置かれ、二人で箸でつついていた。待合室には三種三様の食べ物の匂いが混ざって漂っていた。

しばらくして寒川は面会の邪魔をしてはいけないとその場を離れた。奈津は貞義と二人になると、叔母のノブから託されていた包紙にくるまれたお見合い写真を渡した。

「ごめんな。本当は自分で郷里の実家に取りにゆくべきなのに、奈津に頼んだりして。任務が忙しくてそうたびたび帰郷できないんだ。丁度、霞ヶ浦の教育隊から横浜航空隊に移動することになり、送り先も分からないからと断っていたんだ。母から、『奈津ちゃんが横浜の専門学校に通っていて、春休みに讃岐に帰って来ていたから手渡した。横浜へ帰った折に航空隊に持って行ってもらう』と手紙が来た」

そう言うと貞義は写真を少し開けて、すぐ閉じた。

 

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