【前回の記事を読む】三流役者のような風貌をした31歳医師は、看護師の質問をはぐらかした。「恋人? いると言えばいるし、いないと言えばいないし…」

其の壱

ふと主任看護師が怪訝な表情で戻ってきた。

「ねえ診察室のこと何か聞いてる? 変なのよねえ、いつの間に置かれたのかしら」

「え、何の話?」

「院長先生の診察室へ行ったら、古ぼけた骸骨が置いてあったのよ」

「ガイコツぅ?」

若い二人が声を揃えた。

「それって骨格標本のことかい? 僕は何も聞いてないなぁ」

伊藤医師があとを継いだ。鼻が上を向いて口の端が歪んでいる。

「業者が来たのなら気づいたはずだけどねえ、ちょっと行ってみようか? まず現物を見てみないことにはねえ」

彼の目が何やら狡そうに輝いた。詰所にいた三人は釣られた形となった。というか主任を除いた二人はいい気晴らしになるくらいのつもりだったのかも知れない。年若い彼女らは屈託していたし、伊藤医師の味方だったのである。

ここで一言断っておかなければならないのは、敵味方という考えを持っていたのは伊藤医師の方なのだということである。渋谷医師はそのような気振りは見せなかったし、本当のところ敵愾心なぞ微塵も持っていなかったのかも知れない。

四人はしげしげと骸骨を見つめた。それは前夜渋谷医師を驚かした時と同じ衝立ての前に立っていた。昼の光の下で見ると汚れが一層目について、一種凄惨な侘しさだった。

「へえ、何よこれ、ずいぶん汚いわねえ」

「いつここに置いたのかしら、院長先生も変な趣味よねぇ」

若い看護師二人が呆れたように声を上げた。一方骸骨は途惚けているのか身動き一つしない。

「まるで生きているみたいねえ」

主任が気味悪そうに肩を竦める。伊藤医師は何も口にしなかった。ただ三人の後ろで凝然と骸骨を見つめているだけだった。

「本当に誰が置いていったのかしら、院長先生は何もおっしゃってなかったし‥‥」

主任は思案顔になった。

「自分で勝手に入ったんだったりして」

赤毛の看護師がぺろりと舌を出した。

「イヤなこと言わないでよう」

二人の女が声を揃える。

「そういえば昨日‥‥院長先生、小学校へ行ってらしたわよねえ」

そのことばにサッと皆の視線が集まった。

「いえ、大したことじゃないんです。恩師の方が定年だとか、学校が建て替えになるとか‥‥そんなお話でしたけど」

「ふぅん、それでこれを貰ってきたと言うのかい?」

伊藤医師は薄笑いを浮かべていた。

「まあ、要らんことは言わない方がいいぜ。院長の判断で行なったことなんだから」

彼は顎でドアを示した。そして四人はがやがやと出ていった。診察室には骸骨一人が残った。長年の標本稼業で不動の姿勢には馴れていたのだが、間近でしげしげと眺められるのには閉口した。

あまつさえ当人を前にして汚いだの不気味だのと罵って、危うく身を乗り出して文句を言うところだった。だがそこは我慢のしどころだった。今下手に動いては計画が台無しになる可能性がある。

それに一つ屋根の下とはいいながら、皆が渋谷医師に好意を持っている訳ではないらしいのだ。それが何よりも不思議に思えた。