【前回の記事を読む】そのまま通り過ぎようとしたのだが、2人の声に誘われてつい中を覗いてしまい…そっとドアを閉じることにした。
其の壱
[三]
夜半の雨はいつの間にか上がり、翌日も快晴となった。朝陽を浴びて窓の曇り硝子が眩しい程に輝いていた。妻の彰子が起きがけにカーテンを引いていったらしい。
居間の方で絵里子のはしゃぐ声がしていた。時々それに応える妻のものやわらかな声が響く。今日はドライブに出かける約束をしていた。天気がよかったら岬巡りをするつもりでいたのだ。
窓越しの朝陽を見ていると、目の前に青々と広がる海が見えるかのような気がした。だがむくりと身を起こすと頭がズキズキと痛んだ。完全に宿酔いだった。ベッドでそのままの姿勢でいると、昨夜のことがありありと蘇ってきた。
訪ねてきた骸骨、そして交わしたことば等々。だが部屋中に溢れる眩い陽射しを目にしていると、それらがみな戯けた夢のように思えてくる。
どうして標本が動くことなどあり得よう。あれは深酔いの幻覚に過ぎない。そう自らに言い聞かせようとしたのだが、箪笥の抽出に目を向けて血の気が引いた。靴下がまるで舌べろのように垂れ下っていたのだ。それは彼が自分で引っ掻き回したものに相違ない。
居間に入ると、テーブルの上に所狭しとご馳走が並んでいた。
「お早う。絵里ちゃん、今日は楽しみだねえ」
そう言って笑顔を見せたのだが、疲れた表情は隠せない。
「あれえ、パパぁ、おかおがあおいよう」
「あら本当、あなた顔色が悪いわよ」
「うん、大分飲んだからな」
「それに、また待合室で‥‥主任さんが今朝言ってましたよ」
彰子はさも困ったものだと言わんばかりに眉を顰めた。絵里子はそんな二人を交互に見較べている。
「そうか、里見君か、目が覚めたら毛布がかかっていた」
何だかドライブに出る気分ではなかったが、家に居るのもまた気が滅入りそうだった。
「気分が悪いんでしたら、今日は無理をしないでやめたら?」
「ええっ、やだあ、だってえ」
二人を不安気な目で見ながら、絵里子は口をへの字に曲げた。
「心配しなくいいよ、約束だもんな」
彼は娘の頭を撫でた。彰子は余り賛成でもなさそうだったが、本人が行くというのであるから、あえて反対はしなかった。