【前回の記事を読む】自分は嗤いものになるために、東京に出てきたのだろうか。もう決して人前では本当の姿を晒すまいと心に誓った。
其の弐
一
気がつくと歩道の端に立っていた。タクシーが疎らに停まり、そのテールライトの赤が目に染みた。
「何処ニ行コウ‥‥何ヲシテ生キテイコウ?」
自分の口にしたことばがまるで他人の声のように思えた。骸骨はなおも放心したように立ち尽くしていた。タクシーが一台滑るように寄ってきて、目の前でドアが開いた。
骸骨は崩折れるように中へ吸いこまれていった。何故乗ったのか、どこへ行くのか自分でも判っていなかった。
「お客さん、どちらまで?」
五十がらみの運転手がミラー越しに尋ねた。骸骨は茫然としていた。
「お客さん、どちらまでですか?」
運転手は少々語気を強めた。
「海‥‥マデ」
自身でそう応えたのに気づいていない様子だ。
「え、海? チッ、酔っているな」
運転手は舌打ちすると車を走らせた。
「お客さん、品川方面でいいですね」
ことばつきは丁寧だが、断定的にそう言った。骸骨は何も応えなかった。運転手はミラー越しに後を見ると口の端を歪めた。
車は夜の街を滑るように走った。エンジンが低く唸り、時々メーターがカチッと上がった。車窓に夜の街が現われては消えていく。
「眠ラナイ街、何モナイ街、何処ヘ行コウ、何処ヘ行ケバイイノダロウ‥‥」
半ば無意識に呟いていた。どれ程走ったのだろう、灯りが疎らになったと思う間もなく車は速度を落とした。
「お客さん、着きましたよ」
そう言われたものの、どこにいるのか見当もつかなかった。
「ココハ何処デスカ? ココハ海‥‥ジャナイ」
どうやら自分で言った行き先を覚えていたらしい。
「第一京浜ですよ、平和島です。もう海はそこですよ」
運転手はさも面倒臭そうに言った。もう降りるしかなかった。
歩道に降り立つとタクシーは乱暴に走り去った。タイヤが悲鳴を上げ、見る見るうちにテールライトが小さくなっていく。もう真夜中のはずなのに車の数は多かった。タイヤを轟々と響かせて大型車が何台も通り過ぎた。骸骨は歩道にぽつんと立っていた。身体の中を風が吹き抜けていくような気がした。
「何処ヘ行コウ‥‥何ヲシテ生キテイコウ?」
またしても呪文のように呟いた。辺りを走る車の音が絶え間もなく聞こえていた。
「コレカラハ本当ニ独リポッチダ、不安‥‥ダナ」
その時ふと潮の香が鼻先に届いた。骸骨は思わず一歩踏み出した。次の瞬間タイヤの悲鳴が耳を貫き、クラクションが身体を押し包んだ。大きく重い物体がすぐ脇に迫り、思わず身を縮めた。何かがガクンと停まった。顔を上げると目の前に煌々とライトが輝き、エンジン音が間近に聞こえた。