何が起きたのか見当もつかなかった。バタンとドアの閉じる音がして、誰かの走り寄ってくる気配がした。
「おい大丈夫か、おい、ぶつからなかったか?」
まだ事情が飲みこめなかった。男は骸骨を腫物にでも触るかのように眺め回した。
「おい、どこも当たってないのか、痛い所はないか?」
男の声は怒っているように聞こえた。骸骨はぽかんと声のする方を眺めた。男は真剣に返事を待っていた。顴骨の張った顔だった。三十代半ばくらいだろうか。どこにでもありそうな顔だった。だが東京に来て初めて見る人の顔という気がした。そして何故か腰が抜けた。身体中の力が抜けて、へなへなと歩道の縁に座りこんでしまったのである。
腰の下でエンジンが唸りを上げていた。心地よい振動が身体を包んでいた。等間隔に点った水銀灯が一つまた一つと後方へ去っていく。ちょうど中央道の八王子インターを過ぎたところだった。緩やかな登り坂を進んでいくと、少しずつ街の灯が少なくなってきた。
東京から今離れていく、そう思うと胸の支えが降りるような気がした。ほんの一月前まで抱いていた憧憬が嘘のように消えていた。どこへ向かっているのかは知らなかった。そんなことは考えもしなかった。
「だけどなぁ、吃驚したぞう。てっきりハネたかと思ったもんなぁ」
そう言って男は助手席を見た。
「スミマセン‥‥デシタ」
骸骨はぺこりと頭を下げた。
「いやいや、そうじゃないんだ、一巻の終わりかと思ったんだ。車のローンもまだ残っているしな」
そう言って男は照れたように笑った。骸骨はまた前方に視線を戻した。どこでもよかった。東京を離れたかった。そう言って乗せてもらったのは骸骨の方だったのだ。
「オレ正太っていうんだ、佐々木正太」
骸骨は男の方を見ると黙って頷いた。
沈黙が訪れた。二人が黙るとエンジンの音が耳についた。真夜中なのにトラックの数は少なくなかった。
「なあ、お前何してるんだ、仕事は?」
「探シタケド‥‥見ツカリマセンデシタ」
男はふうんという顔をして骸骨を見つめた。
「どこまでだ? 何だったら送ってやるぞ。今日は空荷だし、遠慮なく言ってくれ」
骸骨はぽつりぽつりと事情を説明した。東京では住む所も探すつもりだったこと、帰る家のないことを問われるままに語った。
「そうかぁ‥‥家もないのか、人には色々とあるよなぁ」
独り言のように呟くと、男は黙りこんでしまった。
トラックは甲府を過ぎ、また灯火が疎らになってきた。エンジンの低い唸りがまるで眠気を誘うかのようだった。
「なぁお前、俺の所へ来ないか? 俺のアパートに住んで、一緒に働かないか?」
試し読み連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。
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