【前回の記事を読む】派遣社員によるトラブルが発生。プライベートで社名を使い、無銭飲食まで…しかもその注文は、とんかつダブル定食で…

第二章 弱小の強心(きょうしん)

〈3〉

今日も桐谷は、営業パンフレットを車に積み込んで、富士市内の企業をひたすら回っていた。

300件回っても、商談すらゼロ。心が折れないわけがない。

(なんとか……なんとか1件……)

そんなときだった。信号待ちの車窓から、ふと“日本急便株式会社富士営業所”という看板が目に飛び込んできた。

(日本急便株式会社……)

誰もが知っている日本を代表する物流会社である。

(確か……全国のナイスホープの支店で、日本急便と取引していたはず……)

桐谷は車を止めて、すぐに支店に電話して、アルバイトの三上に日本急便とナイスホープの取引情報を調べてもらった。

するとビンゴ。全国にあるナイスホープ150支店中50支店が、すでに日本急便と取引している。しかも、日本急便の富士営業所はまだナイスホープと取引がない。

とりあえず、桐谷は日本急便の富士営業所に飛び込んだ。

「お世話になります。ナイスホープの桐谷です」

受付の女性に挨拶して、全国各地で人材派遣の取引でお世話になっている旨を説明した。

(とりあえず名刺だけでも渡せたら御(おん)の字だ……)そう思っていた矢先——。

「少々お待ちください」

そう言って受付の女性は奥へと消えた。

1分後。

「中へどうぞ」

(……え! 入れてくれんの?)

まさかの“中へどうぞ”である。飛び込み営業で話を聞いてくれる企業など、これまで皆無だった桐谷にとっては初めての商談だ。

心臓は爆発しそうだったが、平静を装い中に入る。

応接室に通されて数分後、50歳くらいの作業着を着た恰幅のいい男性が入ってきた。名刺をもらうと、肩書きに“富士営業所所長”と書いてある。

「ナイスさんでしょ。以前、私、東京の営業所におりましてね。そのときにナイスさんからよく派遣してもらってましたよ。ちなみに事務員も派遣できるんですか? 今、欠員が出てまして」

桐谷は急な展開に一瞬目を丸くしたが、冷静に答えた。

「はい、もちろんです。もしよろしければ、至急手配させていただきますので、こちらの契約書にサインをいただいてもよろしいでしょうか?」

「これね。はい、了解です」

なんと、一瞬で契約が決まってしまった。思わず震えそうになる手を必死で隠し、所長にボールペンを渡した。

これが桐谷の初契約となった。