「生意気」という悪口が突き刺さるのは、でしゃばること自体ではなく、でしゃばる当人の置かれている地位や身分なのである。

つまり、「……のくせに生意気だ」という言い方は、地位や身分の違いを前提としている。この言い方は、地位や身分が高い(と思っている)側が、地位や身分が低い(と話者が思っている)側へ、一方的に投げつけるためのものなのである。

「生意気」だけを切り離して、「ジャイアンは生意気だ」としても、ナンセンスではないように、「くせに」だけ切り離して、「ジャイアンのくせに」としても、ナンセンスには響かない。ところが、「ジャイアンのくせに生意気だ」とすると、途端にナンセンスに陥る。これは、ジャイアンが、漫画の世界の中で、高いポジションを持つからに他ならない。

一方、「のび太のくせに生意気だ」がナンセンスでないのは、のび太が、当該世界の中で、低いポジションしか持たないからである。

「……のくせに生意気だ」という言い方は、したがって、言葉の背景にある地位や身分の差、あるいは差別をあぶり出す性格を持つと言ってよい。

「朝鮮人のくせに生意気だ」という発言は、「生意気」とされる言動を責めつつ、その責めを上回る強度で、朝鮮人であるという出自を鋭くえぐるのである。こうした発言を平気で放つ人は、自らが朝鮮人に対する差別主義者であることを、表明してはばからない人である。「女のくせに生意気だ」という発言はどうだろう。

この発言を、往々にして自然なものと聞いてしまう私たちの社会は、差別を内蔵する社会なのではないだろうか。

言葉の向きを逆転して「男のくせに生意気だ」としてみよう。この発言に、強い違和感を覚える私たちの心の中には、差別が住みついているのではないだろうか。

 

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