のび太のくせに生意気だ

これは、漫画『ドラえもん』の中で、ガキ大将のジャイアン(たまにジャイアンの腰巾着であるスネ夫)が主人公であるのび太に対して発するセリフである。

強者であるガキ大将のジャイアンから見て、のび太は体力、気力など、どれを取っても劣等な弱者であり、漫画の構成上、この強弱の関係は揺るぎない。ところが、主にドラえもんの介在によって、のび太が優位に立つ(あるいはそう見える)ことがしばしばあり、そうした際に、のび太の優位に納得がゆかないジャイアンがこのセリフを発するわけである。

こうした関係は、「生意気」という言葉の成立要件を、如実に示しているように思われる。「生意気」という言葉は、言うまでもなく、非難・悪口であるが、どんな対象についても言える言葉ではない。

試しに、上の関係を逆にして、のび太がジャイアンに対して、「ジャイアンのくせに生意気だ」と言えば、この言葉はナンセンスに響くであろう。

「生意気」という言葉を辞書で引くと、「一人前あるいはその地位でもないのに、偉そうなあるいはさし出がましい態度やふるまいをして、小憎らしいこと」(『岩波国語辞典』第四版)ということになる。

一人前でもないのに、つまり資格に欠けるのに、さし出がましい、つまり資格を満たしているように、言動するのが、「生意気」なのである。

上で、「ジャイアンのくせに生意気だ」はナンセンスに響くと述べたが、「ジャイアンは生意気だ」は必ずしもナンセンスに響かない。「生意気」という言葉の本質は、本体である「生意気」にではなく、「くせに」という、ほぼ確実にくっ付いてくる付属語の方に隠されているようなのである。

「……のくせに生意気だ」という形で使用されるとき、「生意気」という言葉はその本領を発揮する。資格に欠けるのに資格を満たしているように言動する「生意気」に対する非難の矛先は、資格を満たしているように言動する、その言動の突出性ではなく、資格に欠けるという言動の背後に向かう。