今朝三田の宿で握ってもらった大きな握り飯の二つは、昼に渓流沿いの生瀬宿で食べた。残りの一つは、夜腹がすいた時に食べようと残しておいたものだった。竹の皮に包んでいたので、干からびずにまだしっとりとしていた。嚙むと、握り飯の中に入った煮豆の香りが口の中に広がった。豆の甘みと醤油の塩味が飯粒にまとわりついていた。

疲れた体にはなんともいえぬ旨さを感じた。この黒豆は丹波の名産だった。丹波の黒豆は平安時代から朝廷にも献上されていたし、今も年貢の代わりにもなった。吉佐の背負子の荷の半分は黒豆を乾燥させたもので、大坂の問屋に持ってゆけば、高価で買い取ってくれるのだ。三田宿の宿賃としては、少し質の低い黒豆を持ってゆき、安く泊めてもらっているのだ。

握り飯を食い終わると、吉佐は竹筒の水を飲んで喉を潤した。水はまだ冷たかった。ひと休みをして疲れた体に再び力が湧いてくると、吉佐は大きく息を吸い込み街並みの方を見た。握り飯を食っている間も、闇が濃くなるのを追いかけるかのように次々と提灯が灯されていた。

今は船宿や遊郭の軒下に輝く灯の数は増えて、まるでお祭りのような光の帯ができている。こんな賑やかな所は丹波や篠山ではどこを探してもなかった。

この流れるような華やかな灯りの帯を眺めているだけで、吉佐は豊かな気分になれた。

[おらも一度はあんな船宿や立派な遊郭の二階で、暖かくて綺麗な絹の蒲団に包まれて、柔らかい肌をした遊女と一夜を過ごしてみてえな……]

そんな下心が吉佐の心の中に沸き起こった。でも、小さな茶畑や田んぼがあるだけで、野良仕事の合間に出る行商で細々と世を渡っている身には、そのようなことは一生叶わないことは充分に分かっていた。

[おかんと嫁を食わせるだけで精一杯だ。そのうえこれからガキでも沢山生まれりゃ、どうすりゃいいんだろう。五歳年上だが、幼馴染の安兵衛のように七人もガキができたら……]

 

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