バブル崩壊以後、「失われた10年」といわれた2000年代は、まさに不景気のどん底だった。

仕事がなくて苦しんでいる人がたくさんいる。そこで脚光を浴びたのが「日雇い労働」という働き方だ。日雇い労働は、働きたいときに1日単位で仕事を紹介してもらい、その日のうちに給料をもらえる画期的なシステムだ。

不況下では、元請け企業は下請け企業に対し、ギリギリまで発注を控える。思ったほど売れなかった場合の損失を避けるためだ。

その結果、下請け企業は突発的に人員を必要とするが、常に人を抱えるわけにはいかない。そこで、必要なときに必要なだけ働き手を確保できる日雇い労働が重宝された。

この市場に目をつけたのが、ナイスホープだ。

ナイスホープに前日15時までにオーダーすれば、翌日必要な人員が派遣されてくる。ナイスホープは倉庫での軽作業や物流センターでの仕事など、短時間のレクチャーで誰でもできる業務に特化し、急成長を遂げていた。

たとえば、派遣元から1万円の報酬をもらい、派遣スタッフに7000円を支払う。差額の3000円がナイスホープの利益になる。このシンプルなモデルで、同社は爆発的に拡大していった。

日雇い労働の台頭により、ワーキングプアの増加が懸念され、「社会的弱者を食い物にしている」「安定した職場で働けない」といった批判もあった。だが、ナイスホープはそんな声を意に介さず、勝機に向かって突き進んだ。

もう1つ、2000年は日本企業で成果主義の人事制度が急速に採用された時代だ。業績が悪化する中、年功序列で業績や成果にかかわらず高い賃金を払い続けることができなくなってきたからだ。

ナイスホープでは、強烈な成果主義体制を敷き、成果報酬を大幅に増額。結果を出せば年齢や学歴に関係なく昇進できる制度を導入した。実際、高額の報酬で車や家を買う社員も珍しくなかった。

ナイスホープでは「君はどこの大学出身?」なんて会話は無意味だ。むしろ、「中卒」のほうが箔(はく)がつく。


次回更新は3月29日(日)、8時の予定です。

 

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