『リチャード三世』第一幕への絶讃
それらのうち、書き込みの内容において漱石自身が「心をかきむしられた」跡を最も顕著に示すのが『リチャード三世』(推定執筆年 一五九二~三)である。
「悲劇」への分類も可能と思われる初期シェイクスピアのこの傑作は、当代の女王エリザベス一世もその血統に連なるランカスター家と、これに敵対するヨーク家との間に繰り広げられた「薔薇戦争」(一四五五~八五年)を扱う一連の歴史劇の一つ。
ヨーク家の悪辣なる王弟グロスター公リチャードが王位を簒奪(さんだつ)してリチャード三世となるも、やがて戦場に斃(たお)れてテューダー朝が成立するまでの約二年の経緯を凝縮した戯曲で、上演例も多く、映画化・テレビドラマ化もなされてきた。
ヨーク家出身のこの王が「悪」とされ、その滅びに至るまでが描かれたのは、ランカスター家側を「善」とする偏った史観によっているに違いないとはいえ、近年発掘されたリチャードの遺骨は伝説どおりに背骨が屈曲しており、醜貌と見られたことも事実ではあるらしい。
このリチャードが「どうせ醜い俺だ」と自ら「悪党」に徹して王座を奪う決意を披露する長い独白で、劇は幕を開ける。そのごく一部を抜き出しておこう。
俺ときたら――このお粗末な姿かたち。すまし返った浮気女の前を
見得を切って歩く色男の自信もない――
この俺は――美しい均整を奪い取られ、
不実な自然の女神のぺてんにかかり、
不細工にゆがみ、出来損ないのまま
月足らずでこの世に送り出された。
〔中略〕
口先で奇麗事を言う今の世の中、
どうせ二枚目は無理だとなれば、
思いきって悪党になり
この世のあだな楽しみの一切を憎んでやる。
漱石の所蔵本では、この長広舌全体の横に線が引かれ、その上の部分に「formulae〔公式〕」と書きこまれている。実はこの長い科白は『文学論』第二編「文学的内容の数量的変化」で「除去法」の例として引用されるものであるから、この書き込みは「除去法の公式」を意味するメモ書きの一つと推定される。
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