「嫉妬してくれるのは、嬉しいんですよ」

「嫉妬じゃ、ない」

雅彦がむきになって否定した。声が少し裏返っている。よし子はくすりと笑った。

「嫉妬ですよ。だって、私が沙織さんのことで感じたのとまったく同じ気持ちじゃないですか」

沈黙があった。

「……似ていた?」

「そっくりです」

また沈黙があった。今度は少し柔らかい沈黙だった。

「……54にもなって、こんなことを言うなんて」

「可愛いですよ、雅彦さん。むしろ、ちょっと安心しました」

「安心?」

「あなたも、私と同じような気持ちになるんだって。それを知ったら、なんか、同じ土俵に立てた気がして」

雅彦がよし子の手を握り返した。少し力が入った。

「おあいこですね」

「おあいこだね」

(良かった。ちゃんと伝わった気がする)

でも、雅彦の気持ちはすぐには晴れなかった。翌朝から、以前ほど距離があるわけではないが、どこかぎこちなさが残った。よし子に「おはよう」と言いながら、目が合うと少しそらす。朝のコーヒーを一緒に飲む時も、いつもより言葉が少なかった。

(すっきり解決、というわけにはいかないか。人の感情って、そんなに単純じゃないよね)

よし子は焦らずにいようと思った。でも日が経つにつれて、雅彦が帳場に閉じこもる時間が増えていき、旅館の経営の問題が絡まって、2人の間に少しずつ霞がかかっていった。

次回更新は4月8日(水)、21時の予定です。