【前回記事を読む】ん?この男性客、見覚えが…3年前に亡くなった前夫の親友だった。「実は、あなたにお伝えしたいことがあって来たんです」と…
嫉妬の嵐
小野寺が去った翌日から、雅彦の様子が少しおかしかった。怒っているわけではない。ただ、どことなく元気がない。
夏の繁忙期が終わり、客足がぱたりと途絶えた。沙織の出資を断った代償が、数字になって突きつけられている。雅彦は毎晩遅くまで帳場にこもり、帳簿と格闘していた。2人きりの時間が減り、よし子が話しかけても生返事ばかりになった。
(どう接すれば良いんだろう。何か言うべきなのか、それとも待つべきなのか)
よし子は様子を見ながら、それとなく声をかけた。
「今日、節子さんが新しいレシピを試していて、試食させてもらったんですよ」
「そうか」
「すごくおいしくて。雅彦さんにも食べてもらいたかったな」
「……ああ、ごめん。明日食べるよ」
(言葉は優しいのに、目が合わない。何かを考え込んでいるみたいだ)
そのまま雅彦は「おやすみ」と小さく言って布団に入った。よし子は電気を消せないまま、しばらく雅彦の背中を見つめていた。
翌日も、雅彦は穏やかだが、どこかぼんやりしていた。翌々日も。
(怒っているのとは違う。なんだろう、この感じ。まるで、何かを聞きたいのに聞けないでいるような)
よし子は節子に相談しようかと思ったが、やめた。夫婦のことを他人に話すのは、なんとなく気が引けた。
3日目の夜のことだった。
よし子がすでに布団に入っていると、帳場から戻った雅彦が部屋の端に立ったまま動かなかった。電気を消したまま、暗がりの中で。
「……雅彦さん?」
「起きていましたか」
「眠れなくて」
しばらく沈黙があった。雅彦が布団に入ってこない。
「何か言いたいことがあるなら、言ってください」
よし子が先に言った。