【前回記事を読む】女性が夫の腕に手を添えるのを目撃…彼女は私を見ると「あなたが彼の奥様ね。気になっていたの」と微笑んだ。その真意は
揺れる心
沙織の滞在は、1週間の予定を超えて延びていた。
「もう少しゆっくりさせてもらえますか。この山の空気が気に入ってしまって」
笑顔でそう言う沙織を、雅彦は快く受け入れた。よし子に異論を挟む余地はなかった。客を断る理由がない。
(断れるわけがない。だって私は、仲居から女将になっただけで、本当の意味で旅館の主じゃない)
でも、日を追うごとに沙織と雅彦の距離が縮まっている気がした。
ある日の夕方、雅彦が「今夜は少し出かけてきます」と言った。
「沙織さんが事業の相談に乗ってほしいと。町の料理屋で食事しながら話すことになりました」
「2人で、ですか?」
「ええ。仕事の話なので、退屈させてしまうから」
雅彦は悪気なく言ったのだろう。でもよし子には、自分が除外されたように感じられた。
(私は関係ないから、ってこと? 私は妻なのに)
「分かりました。行ってらっしゃい」
笑顔で送り出した。泣きそうな顔を見せたくなかった。
雅彦が出かけた後、よし子は1人で部屋にいた。テレビをつけても内容が頭に入らない。時計ばかり見てしまう。20時。21時。22時——まだ帰ってこない。
(なんで帰ってこないの。何を話しているの。2人で、何を——)
スマートフォンを手に取り、何気なくSNSを開いた。普段はほとんど見ない。美咲の投稿をたまにチェックするくらいだ。
検索窓に「中川沙織」と入れた。
(こんなことしてはいけない。分かってる。でも止まらない)
自分でも浅ましいと思ったが、指が止まらなかった。