【前回の記事を読む】ひな壇の端でギャラ3000円…仕事のない新人タレントは、“9割9分”使えない楽屋話を録音し続け、“残り1分”の情報を……

9.友だちを殺してまで

また、ホステスの仕事中に拾える情報も実は馬鹿にならない。

この業界の人間は案外この種の店によく来る。そういう仕事だ。酒が入ると人間は2種類に分かれる。黙る人間と、喋りすぎる人間だ。どっちも厄介だが、今の私は後者を求めていた。

そしてその中に、1人いた。

勤め先のホステスに、もう何年も通い続けている男がいた。

名前は本郷。年齢は定年手前。肩書きは「元制作」とか「現場上がり」とかそういう曖昧な言い方をする。

テレビ局でも事務所でも制作会社でもない微妙な立場に今はいるが、この業界で40年近くやってきた人間の目をしていた。目が老いていなかった。身体は老いていたが、目だけが妙に生きていた。

そういう人間は大抵、見ているものが人と違う。見ているものが人と違う人間は、情報の質が違う。

孤独な人間だというのは最初の会話でわかった。

家族はいない。結婚したことはあるらしいがとっくに終わっている。膝突き合わせて泣き合えるような友達もいない。両親はとっくに亡くなっている。ありきたりな孤独だ。珍しくも何ともない。

ただ、ありきたりな孤独というのはそれゆえに深い。誰もが同情しないから、誰も手を差し伸べない。人間というのは冷たいものだなと思う一方で、金とコネができなければ、他人の話を聞くなど、微塵もしたくない自分がいる。

そして本郷は業界の表舞台には出ていない。繋がりだけは生きていて、情報だけは入ってくる。そういう立場の人間が世の中には一定数いる。

舞台には立っていないが、舞台の裏側の動線を全部知っている観客だ。そういう人間を端役と思って侮る人間は、痛い目を見る。舞台袖にいる人間が1番、見えている景色が広い。

私は本郷に、丁寧に近づいた。

難しいことは何もしていない。話を聞いた。それだけだ。人間というのは話を聞いてもらえると嬉しい生き物で、60過ぎの孤独な男ならなおさらだ。承認欲求は年齢と反比例しない。

むしろ年を取ると満たしてくれる場所が減るから、密度が上がる。私はその密度に応じた。ホステスとして磨いてきた技術の中でも最も基礎的な技術、つまり『ただ聞く』というやつだ。相槌と沈黙を適切な比率で配置するだけでいい。人間は自分の声が好きだから、邪魔しなければ勝手に喋る。