老人は蝶のようなものだ。優雅に飛んでいる様子は風情があって微笑ましいが、近くで観察するとどこか生々しくて気持ちが悪い。

「傍目に見ると美しいけど、肩には止まってくれるなよ、その辺を飛んでおいてくれよ」というような気持ちで、周りは接している。次第に、がっぷりよっつで会話に組み合ってくれなくなる。

だから老人はさみしい。さみしいから、飢えている。飢えた人間に餌を差し出せば、ほどなくして食べ始める。

見せかけのやさしさに懐柔された本郷は話した。

1度話し始めたら止まらなかった。軽く会話をいなそうとしても留まることを知らない。暴走特急と化した本郷は金に糸目をつけず、指名延長に指名延長を重ねた。

40年分の話というのは相当な量がある。そして40年間この業界の現場を歩いてきた人間が知っていることの密度は、私の想像を軽く超えていた。

この業界で噂されていること。表に出ていないこと。誰が誰と繋がっているか。誰が何をしているか。誰の足元が揺らいでいるか。誰の評判が表と裏でどれだけ乖離しているか。

不倫。脱税。薬。パワハラ。整形。秘密の数だけ、人間の本音がある。本音というのは隠されれば隠されるほど純度が上がる。発酵みたいなものだ。いや、この場合は腐敗というべきか。

本郷の話を聞きながら、私はただひたすら脳内のスプレッドシートに書き込んでいた。

有用か有用でないか。今使えるか後で使えるか。直接使えるか間接的に使えるか。感情のリソースを1ミリも使わない純粋なデータ収集だ。本郷には悪いが、そういう作業だ。

申し訳なさは感じていない。申し訳なさを感じていないことへの申し訳なさも感じていない。そういう人間だ、私は。悪く思ってくれるな。

そして聞けば聞くほど、わかることがある。

この業界では全員が何かを隠している。

例外がない。聖人などいない。1人もいない。テレビの前で爽やかに笑っている人間も、感動的なスピーチをする人間も、ファンの前で涙を流す人間も、全員が何かを抱えている。抱えているものの大小はある。でも持っていない人間はいない。業界の光の量に比例して、影の量も増える。光源が強ければ影は濃い。本郷はその影の総量を40年かけて収集してきた人間だった。

次回更新は8月15日(土)、16時の予定です。

 

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