「よし子さん」

雅彦だった。いつの間にか隣に来ていた。

「美咲さん、反対されましたか」

よし子は頷くことしかできなかった。

「……もう終わりにしたほうがいいのかもしれません。美咲を傷つけてまで——」

「そんなことを言わないでください」

雅彦がよし子の涙を拭った。あの夜と同じ、優しい手つきだった。

「美咲さんの気持ちは当然です。急に受け入れられなくて当たり前だ。でも、だからといってあなたが幸せを諦める必要はない」

「でも——」

「僕に会わせてください。美咲さんに」

雅彦はまっすぐによし子を見た。

「逃げたくない。あなたの家族と、きちんと向き合いたいんです」

この人は本気だ。その眼差しを見て、よし子は確信した。遊びでも気の迷いでもない。この人は、私と美咲ごと受け止めようとしてくれている。

「……美咲が応じてくれるかどうか」

「待ちます。何度でも」

雅彦はそう言って、よし子の頭をそっと撫でた。正志がよくしてくれたように。でも正志とは違う手のひら。少し大きくて、少しざらざらしていて、それがどうしようもなく温かかった。

その夜、もう1度だけ美咲にLINEを送った。

『お母さんは、お父さんのことを1日も忘れたことはありません。それだけは信じてほしい』

既読はつかなかった。でも、ブロックはされていなかった。

(美咲、ちゃんと見てくれているよね)

次回更新は3月30日(月)、21時の予定です。