【前回記事を読む】初めて彼と職場以外で会うことに…歩き出すと、彼はちょうど1人分の距離を置いて並んだ。手、繋いでほしいなと思ったが…
朝のふたり
付き合い始めて1ヶ月が過ぎた頃から、2人の間に小さな習慣ができた。
朝、仕事が始まる前の30分。旅館の裏手にある小さな台所で、2人でお茶を飲む。お客様には見せない、ただの2人だけの時間だった。
雅彦がコーヒーを淹れてくれるのだが、これが驚くほど上手だった。
「どこで覚えたんですか」
「妻が好きだったんです、コーヒーを。だから、自分でも覚えて」
よし子はカップを受け取りながら、少し胸が痛んだ。でもそれは、嫉妬とは少し違う。前の奥さんへの敬意のようなものだった。
(この人がコーヒーを覚えたのは、亡くなった奥さんのためだったんだ。そういう人なんだ、この人は)
「おいしいです」
「よかった。よし子さんも、砂糖を2杯入れるんですね」
「え? 気づいてたんですか」
「最初から。なんとなく、似てると思って」
(似てる? 亡くなった奥さんと私が?)
なんと答えればいいか分からなくて、よし子は黙ってコーヒーを飲んだ。
ある朝、よし子がトーストを作ろうとして焦がした。煙が出て、雅彦が飛んできた。
「大丈夫ですか」
「ごめんなさい、ちょっと目を離したら」
「……まあ、外だけなので、削れば」
「食べられますか」
「食べます」
雅彦はトーストを受け取り、真顔で焦げた部分をナイフで削り取り、バターを塗って齧った。それがあまりにも淡々としていて、よし子はまた吹き出してしまった。
「おかしいですか」
「ちょっと……ふふ、すみません。真面目に焦げを削るから」
「食べ物を粗末にするのはよくないですから」
「はい、そうですね」
(この人、たぶん生真面目なんだ。少し頑固で、でもそれが愛らしい)