【前回記事を読む】「私の娘を、家族として受け入れられますか」と聞くと、彼の手にギュッと力が入った。そしてわざわざエンジンを切って…
娘の涙
雅彦と交際を始めて2ヶ月が経った。
周囲には秘密にしていた。旅館の中ではこれまで通り「栗原さん」「藤堂さん」と呼び合い、仕事の話しかしない。節子にも、他の従業員にも気づかれていないはずだった。
(節子さんは気づいてると思うけれど、何も言わないでいてくれている)
でも、夜になると離れで落ち合った。
雅彦は不器用だが優しい人だった。よし子が疲れていると肩を揉んでくれた。お茶を淹れてくれた。眠れない夜は、亡くなった伴侶の思い出話をした。それが不思議と辛くなかった。同じ痛みを知る者同士だからこそ、安心して話せることがあった。
「そろそろ娘さんに話さないといけませんね」
ある夜、雅彦が言った。よし子は膝の上で手を組んだ。分かっている。分かっているけれど、怖い。
「美咲はお父さんっ子だったんです。正志の死をいちばん受け入れられなかったのは、あの子かもしれない」
「それでも、隠し続けるわけにはいかないでしょう」
雅彦の言う通りだった。
(分かってる。でも怖い。美咲にどんな顔をされるか)
よし子は覚悟を決めた。
翌日の夜、美咲に電話をかけた。
「どうしたの、お母さん。改まって」
美咲の声は明るかった。模試の判定がよかったらしい。「志望校A判定だったよ」と嬉しそうに言う。よし子は「すごいね」と返しながら、切り出すタイミングを計っていた。
(どう言えばいい。どう言えば分かってもらえる)
「あのね、美咲。お母さん、話があるの」
「うん?」
「この旅館のオーナーの藤堂さんという方と、お付き合いを始めたの」