【前回の記事を読む】「テロリストを何人か殺せばテロに終止符を打てる」は間違い…テロの根絶に本当に必要なのは?…

第一章 恒久平和──背景と仮説

背景と仮説

40人の青年が新しい平和のテクノロジーの容易さと強力さを目の当たりにすることになる物語は、ロンドンからアフリカに飛ぶ深夜便の機内から始まった。

我々40人がボーイング707に駆け込むと、幸運にも機内には他に5〜6人の乗客しかおらず、全員が空いている複数の席を使って横になれそうだった。乗客の少なさには驚かなかった。乗り込んだのはザンビア航空で、目的地は首都ルサカだったのだから。

搭乗が遅れたので、我々がシートベルトを締めたのと機体が動き出したのは同時だった。離陸した飛行機が急角度で夜の空へ上昇していくと派遣団全員に興奮が走った。座席の新聞は誰かが抜き取っていて無かったが、すぐに客室乗務員から追加の新聞が回ってきた。だが、全員に行き渡る数ではなかったので、私は前の席の人が回してくれるまで数分待った。

新聞はルサカ・タイムズ。ザンビアの首都で発行されている政府公認紙で、発行日は搭乗日と同じ、1978年11月4日(月)だった。一面には「ルサカ、再び爆撃される」の見出しが躍っていた。

飛行機がエンジン音をうならせながら暗闇を突き進む間、読書灯の下に広げられた新聞には我々がザンビアに向かう理由が書かれていた。隣国ローデシア(現在のジンバブエ)は悲惨な内戦に陥っており、黒人と白人の長年の対立はエスカレートするばかりだった。白人は政府と軍隊を掌握し、黒人は数と意志を持っていた。

アフリカ南部にあるザンビアは海との間をローデシアに隔てられた内陸の黒人国家で、二つの別々のゲリラ部隊に足がかりとして利用され、紛争に引きずり込まれていた。当時、この隣国に対してローデシアは爆撃を繰り返していた。これはゲリラ部隊を苦しめるためでもあり、ゲリラをかくまわないようザンビアを説得するためでもあった。

我々が到着する前月から爆撃は頻繁になっていた。新聞には書かれていなかったが、我々には分かっていた。あの時の我々は紛争を止めにザンビアへ向かっていたのだ。

飛行機に乗り込んだ我々40人は、経験豊かな瞑想者の派遣団と呼ぶのが相応(ふさわ)しいだろう。全員が超越瞑想を長年続けており、さらに高度なTMシディープログラムを、少なくとも1年は行っている。

大半は、瞑想中の深い内面の経験と(今では科学的研究でも明らかにされている)脳と神経系の機能向上に時間と注意を注ぐ、1年かそれ以上の長期の瞑想コースに参加した経験があった。しかしごく最近、2〜3年前から、その活動にはもう一つ別の意味があるのだと気付き始めた。我々は世界平和の土台を作っていたのだ。

最初の研究は1974年に発表された。基本の瞑想法である超越瞑想を習得した人数が人口の1%以上になった米国の11の都市で犯罪発生率が低下したという報告だ。それ以来、世界中の何百という都市が1%の線を超え、同じ法則が見られた。犯罪発生率だけでなく、入院件数も交通事故件数も減少した。