【前回の記事を読む】意識不明の妻に必死に語りかけた。やがて妻は意識を取り戻したが、彼女の手を握ると…
第十章 思い出せない時間
「沙優さん、大丈夫?」
私はゆっくりと華菜さんのいる方向へと向き直った。
「華菜さん、お忙しいのにごめんなさい」
「何言ってるの、どうなの具合は……」
「はい、まだ身体中が痛くて、でも赤ちゃんは元気に動いています」
「良かったわね」
「ただ、私、結婚したこと、妊娠したことは記憶にあるんですが、主人の顔が思い出せなくて困っています。貢さんという方が私の主人だって皆さんおっしゃるんですが、私からすればはじめましての方なので、どう接していけばいいかわからなくて……」
「そうだったの、大変だったわね。私のことは覚えていてくれたのね」
「当たり前です。華菜さんは私の親友ですから。あっ、すみません、勝手に親友だなんて、ご迷惑ですよね」
「そんなことないわよ、嬉しいわ」
「良かったです」
私は満面の笑みを浮かべた。それに比べて華菜さんは困り顔だった。
「華菜さん?」
「えっ」
「あのう、私はどうすればいいでしょうか」
「そうね、貢とははじめましてからスタートすればいいと思うわよ」
「はじめましてから……」
そして、貢さんと私ははじめましてからスタートすることになった。私は退院することが出来、貢さんと共にマンションへ戻った。
私は貢さんとマンションへ入ると、コンシェルジュ高城さんが挨拶をしてくれたが、全く覚えていない。
「お帰りなさいませ、沙優様」
「ありがとうございます、すみません、お名前を教えて頂けますか?」