あの時、俺がマンションを出て行った時の記憶が鮮明に残っていて、それが夢となって現れたのだろう。

「ごめん」

「どうして貢さんが謝るんですか。こんなに心配してくれて、大事にしてくれて、私はなんで貢さんとのことを思い出せないのか、不思議です」

「沙優」

俺は思いが溢れて堪らず沙優を引き寄せて抱きしめた。沙優はビクッと肩を震わせた。

「沙優、少しこのままでいてくれないか」

沙優はゆっくりと両手を俺の背中に回した。一瞬離れて、沙優と見つめ合った。

唇を奪いたい衝動に駆られたが、俺はグッと気持ちを堪えて沙優のおでこにチュッとキスをした。

「ごめん、急に嫌だったよな」

沙優は「謝らないでください」と俺をじっと見つめた。

俺達はつかず離れずの距離感を保ったまま時間が過ぎて行った。しかし、沙優の記憶の中の俺は一向に現れなかった。

妊娠九ヶ月に入り、俺と沙優は買い物に出かけた。ベビー用品の売り場で品定めをしていると、俺に声をかけてきた女がいた。瑠美だった。

「貢、久しぶり。こちらが奥様かしら?」

そう言って沙優に近づいた。

一瞬で沙優の顔色が変わり、その場にへたり込んだ。

「沙優、大丈夫か」

俺は急いで救急車を呼んだ。沙優は病院へ搬送された。

「貧血ですね。お薬出しておきますので、少し休んでからお帰りください」

「お世話になりました」

沙優はベッドで横になっていた。

次回更新は3月23日(月)、22時の予定です。

 

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