【前回の記事を読む】妊娠8ヵ月の妻が倒れて意識不明…夫が長期休暇をとってホテル生活をしていた最中だった。今後妻の意識は…
第十章 思い出せない時間
それから毎日、俺は沙優の病院へ足を運んだ。たわいもない話を一方通行で話していた。ある日、手を握って語りかけていると、俺の手をキュッと握り返して反応した感じがした。
「沙優、沙優」
必死に名前を呼んだが、その後の反応はなかった。次の日もキュッと俺の手を握ってくれた。間違いない、俺の勘違いではない、俺はナースコールで看護師さんを呼んだ。
それから沙優の担当医師が駆けつけてくれた。微かだが反応があると担当医師の診断だった。しばらくして沙優は意識を取り戻した。
「わかりますか、ここは病院です。どこか痛むところはありませんか」
「だ、大丈夫です。あの、私はどうしたんでしょうか?」
「マンションで倒れて、意識不明の重体でした」
「私、妊娠中なんですが、赤ちゃんは大丈夫ですか」
「大丈夫ですよ」
沙優はほっと安心した表情を見せた。
「お名前分かりますか?」
担当医師の質問に沙優は答えた。
「南條沙優です」
よかった、自分のことはちゃんと認識している、妊娠中だということも分かっている、俺はほっと胸を撫で下ろした。
「ご主人、奥様に声をかけてあげてください」
「はい」
俺は沙優に声をかけた。
「沙優、良かったな、ずっと眠っていたんだぞ」
俺は沙優の手を握った。次の瞬間、沙優の顔色が変わり、俺の手を払い除けた。
「あ、あのう、どなたですか」
信じがたい言葉が沙優の口からもれた。
「沙優、俺だよ、貢だ」
全く誰だか分からないといった表情を見せ、頭を抱えて混乱し始めた。