「まさか」

そう言いながら、慈円は一抹(いちまつ)の不安を打ち消せなかった。

今や後鳥羽院の周囲は源通親(みちちか)などの院近臣(いんのきんしん)がしっかりと固めている。

「まことでございます。後鳥羽院様は北面のほかに西面にも武士をおいて武力を磨かせ、天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)が戻らないことをことさらお嘆きになり、いずれ宝剣を捜索されるおつもりらしいです」

後鳥羽院が宝剣にこだわるのは理由があった。

後鳥羽院は、安徳天皇が平家とともに西国に都落ちした後、祖父、後白河院が急遽(きゅうきょ)立てた天皇である。後鳥羽院が天皇の位についたのは、まだ四歳だった。

当時は幼くて何もわからなかったが、やがて後鳥羽院にも、わかった。

(自分が天皇に即位した時、三種の神器は、自分の元に、無かった)

天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)は、壇之浦(だんのうら)の海底深く沈んでしまった。

(そもそも自分は、天皇となるに相応(ふさわ)しいのか)

成長して物が見えてくるとともに、後鳥羽院は誰にも言えない悩みを抱えた。

後鳥羽院は、正統な王者にふさわしく、何をしても人に負けなかった。

蹴鞠も琵琶も弓矢も水練も、人並み外(はず)れた達人だった。

だが後鳥羽院はそれでも周りの人々が、陰で『神器なき天皇』と噂(うわさ)している気がしてならなかったのである。

正統な王者になる。

それが、後鳥羽院の生涯の願いだった。