井上玄徳さん
私が二十五歳まで過した故郷は、山形県の最南端、福島県境にそびえる飯豊山にちなんだ飯豊町の山間部、矢淵と言われる集落に農林業を営む茅葺の曲屋(まがりや)に住んでいた。
先祖は何時ごろから、ここに居を構えたのかは、菩提寺が火災で焼失したので、定かでないが、住まいは築二百五十年を経過していると言われていた。
集落には、熊野神社が祀られており、本殿と、それに連なる拝殿があり、拝殿は、寝殿造の特徴である蔀(しとみ)格子戸を巡らし、拝殿の正面に天岩戸にお隠れになった、天照大御神とタヂカラオノミコト、それに大きな護摩が焚かれた傍にアマノウズメノミコトが舞う姿や、時を告げる鶏が描かれた、大きな絵馬が掲げられていて、九軒の集落の社とは思われない規模の大きさであった。
しかもこの熊野神社の鎮守の森は、小高い丘に六百坪の面積で平らな大地をなしており、樹齢三百年を超える杉の大木が林立していた。
言い伝えによると、和歌山熊野神社本宮大社の神官鈴木三郎重家が熊野神社を建立し、この地に住み着いた集落と部落の人々は言っていたが、それは単なる願望であり、熊野神社信仰のために身の丈以上の社を創建し、代々この神社を守り通したのである。
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