「おまえ、ひょっとして西須悠雅じゃないのか?」

鍬下がその名を口にした時、大野はようやく彼と視線を合わせ、鋭く睨みつけたが、やはり一言も発しなかった。呆れた鍬下は取調室を出て、マジックミラーで外から様子を窺っていた小川に話しかけた。

「だめですね。完全黙秘するつもりのようです」

「まずいな。アカイヌで検察庁に送致するためには、防犯カメラのパーカーのロゴだけでは証拠にならない」

「しかし、釈放したらあいつは絶対に逃亡します。今のところこいつだけがこの事件の重要な鍵です」

「そんなことは分かってるよ。でもうたわせなきゃ、検察は納得しないだろ」

鍬下はしばらく考えてから言った。

「小川さん、5万貸してもらえないですか」

「は? 何だよ、こんな時に」

「お願いします。給料日には返しますから」

「何だよ、おまえが金を借りるなんて珍しいな。彼女でもできたか?」

「まあ、そんなところです」

「5万? 3万ならあるけど」

「じゃあ、3万でいいです」

「ちょっと待て。今、おまえに3万貸したら今月俺はお小遣いなしになるんだぞ。それを分かってて頼んでるのか?」

「はい」

鍬下が平然と言ったので小川はガクッとしたが、眉をひそめながら財布を取り出し、渋々3万円を鍬下に渡した。

「ありがとうございます」

「楽しんで来いよ。俺の大事な3万なんだから」

「はい」

鍬下が行こうとすると、小川は再度呼び止めた。

「あと、その3万で楽しんでいる時、俺のことも少しは思い出せよ」

「はい」

鍬下は取調室を出て行った。

次回更新は3月18日(水)、21時の予定です。

 

👉『超能力探偵 河原賽子』連載記事一覧はこちら

【イチオシ記事】40代半ば、自分が女であることを忘れて10年以上。デートや恋がしたくて、ネットで出会い系や交際クラブを探してみることにした

【注目記事】マッチングアプリで出会った男に騙され監禁。そこには複数の女性がいて、上の階からは「お願い、殺さないで」と懇願する声が…