──今日は止めておこうか──
気の重い任務を前に迷っている、腰が上がらないでいる。そのとき、現場事務所のドアがゆっくりと開き、新しい風が入ってきた。
誰かいるのかな? 気配を探るがドアの向こうに人の気配はない。おかしいなと思ったがドアが勝手に開いてしまった。
──オマモリさま?──
いつか千葉さんから聞いた古い言い伝えが脳裏をよぎる。
──オマモリさまは黒沼に降りたのか?──
新島は口をつけぬままのコーヒーを残して重い腰を上げた。検証を始めよう。
早朝から新島は黒沼の洗浄機準備を手伝った。手伝ったといっても一方的なもので、もちろん会話らしい会話はない。事によっては黒沼の悪事を暴くことになるかもしれない。気の重い作業なのだが、疑念を抱いたまま放置することはできない。
新島はマニュアル書を見ながら黒沼の動作を一つ一つ確認していく。見られている方はやりにくいだろうが、仕方がない。ここは譲ることはできない。
「一曹目は温水ですね」
ウッともウンともつかないくぐもった声が返ってくるので、一応意思が伝わっている。
「六十五度設定ですね」
「ウッ」
「排気スイッチオン」
「ウッ」黒沼は機嫌が悪そうだ。
──耐えてください──
「二曹目イソプロピルアルコール、オッケー」
「ウッ」
「三曹目と四曹目純水オッケー」
「ウッツ」
「超音波オン」
「ウッ」
「これで準備完了」
「……」
「準備完了でしょ」
黒沼の動きがおかしい。洗浄にあまり関係なさそうな洗浄支持棒の位置を、力を込めてずらしている。
「ちょっと待って、何したのですか? 何でずらしたのですか?」
マニュアル書にはそのようなことは書いていないのだ。
「ブツカル」
「ぶつかるって? 何が?」
覗き込んでも意味がわからない。黒沼は面倒そうにスイッチを入れたり切ったりして工程を少しずつ進める。
次回更新は3月25日(水)、20時の予定です。
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